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6章(1)
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夜になって雨が上がり、霧が出た。
真夜中過ぎ、リノルは毛布を腕に抱えると、はだしのままそっと屋敷を抜け出した。
冷たい濡れた草が足の下で軋んだ。
すでに屋敷や厩舎、周辺の地理は熟知している。
彼は濃い霧の中にまぎれて、先週生まれた仔馬が飼われている小屋にしのんでいった。
中は真っ暗だったが、リノルが内部の構造を知っていたことと、かすかな息遣いや身じろぎする気配、あとは手探りで充分だった。
リノルは藁の中にうずくまっている仔馬にしのびよった。
「大丈夫、怖がらないで。静かに。静かにしてね……」
仔馬は首を少し動かしただけで、あとはおとなしく毛布に包まれ、リノルに抱かれた。
彼は駆け出した。
方向はわかっている。
彼は仔馬の重みにもかかわらず、すばやく草地を突っ切った。
林を通り抜け、海岸まで駆け下りようとした。
そのとき、背後に動くものの気配を感じた。
しなやかな重い身体が、蹄のない足でひたり、ひたりと土を踏むあの音だ。
リノルは立ち止まった。
一頭ではない。何頭もの馬が林の中に集まってきている。
振り返ると案の定、木々の間に黒い影がいくつもあった。
それがひそやかに近付いてくる。
こうして霧の中で見ると、馬の全貌がわからず、その長い首の、蛇のようにうねる奇怪な動きだけが伝わってきた。
リノルは馬の足の速さを知っている。
逃げても無駄だ。
馬がその口に、真珠色の鋭い牙を隠していたことを思い出した。
けっきょく馬が草を食べているところを一度も見たことがないのを、森に鳥や小動物が一匹もいないのを、馬に乗ったあとの貧血と、おかしな麻痺を思い出した。
急に、すべてのことが頭に浮かんだ。
リノルは、ガウンの薄い布地が冷や汗で背中にはりつくのを感じた。
腕の中の仔馬をしっかりと抱えなおした。
馬たちは、さらに近付いてきた。
いくつもの眼が、闇と霧をすかして自分を見ているのがわかった。
リノルは震えながらじりじりとあとずさった。
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