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3章(8)
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リノルは怒りと屈辱のあまり呼吸困難に陥った。
視界が真っ赤に染まったかと思うと、何も見えなくなり、完全な闇に覆われた。
すべての感覚がぷつりと途絶えた。
すぐ目の前にいるはずの男の顔さえもが見えず、物音も聞こえない。
テーブルにむりやり押し付けられている背中の痛みも消えた。
これは死だ、という考えがリノルの頭に浮かんだ。
同時にすさまじい恐怖が背筋から噴き出すようにして広がった。
ついさっき草地で馬に向かって死を口にしたことなど、あっさりと消し飛んだ。
あの言葉は子供じみた感傷であり、甘えだった。
このようにして死ぬなど、まったくとんでもないことだ。
あたかも水底に沈められた人間が空気を求めてもがくように、リノルは浮き上がろうして狂ったように無の闇に抵抗し、生命の糸にしがみついた。
冷たい水が平手打ちさながら顔にぶつかってきた。
眼をあけると、びしょぬれでテーブルの上に横たわっていた。
給仕たちがリノルを正気づかせようとして、氷水を浴びせたのである。
誰かがあっけらかんとした調子で言うのが聞こえた。
「旦那ぁ、だめだな、こいつは気が弱くて。乗っかる前にくたばっちまうんでねえか?」
当の男はといえば、リノルが抵抗不能におちいったのをいいことに、下半身をすっかりむき出させ、一方のひざを押し上げて尻の間をまさぐっている最中だった。
男は昨夜もそうしようとしたのだ。
だがリノルが後ろをいじられるのをいやがって、あまりにも固く身を閉ざすので、無理にこじあけようにも指一本受け付けない有様だった。
男も面倒になったらしく、リノルの懇願どおりそこには触れないことで合意したはずだった。
とはいっても、いやがられるとよけいに盗みたくなるのか、リノルが気を失った隙に、食べ物の油でてらてら光る太い指で禁断の門を破ろうとしていたのである。
リノルはもはや怒りを通りこし、背筋にうすら寒いものをおぼえた。
この男はリノルの生死すらも気にかけてはいないのだ。
ここには味方はひとりもいない。
たとえリノルが死んだところで、誰もこの男をとがめはしない。
せいぜいリノルの軟弱さについて二言三言批評し、あとは崖から海にでも捨てるだろう。
そうとわかるとかえって、不思議な冷静さがリノルの心を浸し始めた。
頭蓋のどこかにひそんでいた、しぶとい生存本能があたまをもたげた。
どうにでもなれ!
重要なのは、ぼくがあの馬のどれかと一緒に、ここから生きて戻ることだ。
とにかくこの豚野郎のせいで死ぬのだけはごめんだ。
落ち着け、リノル、動揺してはだめだ。
しっかり目をあけて、決して気をゆるめるな。
リノルは片方のひざを抑えられたまま、ひじをついて半身を起こし、濡れて艶を増した髪をかきあげた。
男をのぞく全員が、にわかに落ち着きを取り戻したリノルの美貌に目をとめ、いっとき、引き込まれるようにその緑の瞳に見入った。
ひとり男だけがあいかわらず下の方で卑猥な作業に熱中している。
リノルはおだやかに、だがしっかりと、男の手首をつかんだ。
「これ以上は、どうか。続きはあなたの部屋で……ね?」
男もリノルに目をあて、その言葉に嘘がないことに気付いたらしい。
「おまえら、出て行け」
男は手を振って、給仕たちを追い払った。
リノルが漠然と予想していたとおり、まわりに人がいなくなると、男はからかうのをやめた。
取るに足りないものを気まぐれに嬲るような態度がやや影をひそめて、その目つきはねっとりと真剣味をおびたものになった。
がらんとした食堂で、二つの影が重なった。
リノルはしつこくいじられた場所に、とうとう男の指が侵入してくるのを感じた。
汚れた皿と食べ物が散乱するテーブルの上に組み伏せられ、指でえぐられて、とぎれとぎれのうめきを漏らした。
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