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へし折った飴細工 ep.4
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春日とリビングで別れたあと、オウギは釈然としない気持ちで自室に戻ることになった。
春日は、数日前からヒユウのことは目にかけていたのだが、偶然オウギと懇意にしていることを知って、「この家」に迎えることを決めたのだと言った。では、何故ヒユウに目をつけていたのか、と追求すれば、有耶無耶な答えを突き返すのである。しかも、
「オウギに好きな人がいたなんてね。驚いたよ 」
と、議論のすり替えをおっ始める始末だ。オウギは「これ以上はどうにもならない 」と判断するや否や、玄関に向かった。春日はもうオウギを止めることはしなかった。しかし、玄関の扉をあけた先、背の高い木に囲まれた庭に車が一つ、その脇で与惣と姫谷が話し込んでいた。と、オウギに気づいた与惣が、
「部屋に戻りなさい! 」
ピシャリと言いつけ、姫谷がギロリと睨む。温厚な与惣や、常に笑みを顔に貼り付けているだけの姫谷であるのだから、オウギはすっかりと気を殺がれてしまった。
すごすごと部屋に戻れば、梟の親子すらも寝床に戻っていそうな時間であった。机の上は散らかったまま。窓を開けていたのにも関わらず、蓋を閉め忘れた塗料の匂いで充満していた。
(何もかもめちゃくちゃだ )
オウギは、震えないスマートフォンを抱いて、ベッドに寝転がる。幾らでも湧き上がる不満や不安の泉に突き落とされた気分であった。
何の相談もなく、自分のあずかり知らぬところで事が淡々と進んでいく。もうすぐ成人を迎えるというのに、与惣や春日らの大人たちにとっては、オウギは未だに庇護下にある子供らしい。全く頼りにされていないことが、ありありと見受けられる。よちよち歩きの幼児か何かと間違えているのではなかろうか、とオウギの独立心は日に日に強まるばかりである。
そんな不満に顔を熱くさせる反面、電波に乗って届いた恋人の涙に、全身の血がさぁっと引く思いがするのだ。今どこにいるのか。今何をしているのか。
なぜ与惣がヒユウに目をつけたのか。
与惣がこの家を創った理由は、煙のような曖昧さの範疇では聞き及んでいた。この社会では生きていけなくなった子どもを集めて引き取る。オウギはその1人目の子どもであった。6年前に遠縁の親戚であった与惣が、オウギを無理矢理養子にしてしまったのである。オウギがどうも小学校、中学校で馴染めずにいることで、親が匙を投げていることを与惣が聞きつけたのがきっかけであった。それからは、オウギは詳しくは知らない。ただ、
「これからは、苦しい思いをしなくていいんだよ 」
と、肩に置かれた掌の温かさが、胸の痞えを溶かしたのだ。
周りから隔絶されたような山の中に立つ洋館で、暫く与惣と2人で暮らしていたのだが、姫谷と春日が来て、それからもう数年経ってハルとマナビがやって来た。誰もが周りの環境から、果ては社会さえからも追い出されてしまった者たちであった。
そんな、「社会不適合者」とも呼ばれてしまいそうな人間が集まったこの家に、どうしてヒユウがやって来るのか。
男が好きだから? まさか。同性愛者はこの世にごまんといる。
少し気難しいところがあるから? まさか。ヒユウよりも周りにバリケードを張っている人は、ざらにいる。
なぜ、という疑問と、今のヒユウの身を案じる不安、そして大人たちへの不満。そんな3つが4つも5つも6つにも増大して、果てしない大海となってオウギを飲み込んでいく。次々と水嵩が増して、水面にも浮き上がることが出来ない。
(ヒユウが来れば何か変わるのだろうか )
と、思考の縺れを未来の自分に託してみても
(でも、やっぱり )
と、頭から離れられないのである。
何度寝返りを打ち、何度頭を抱えただろう。
悩んでいる間にも、幾度もヒユウへのメッセージを送ったが返信さえない。オウギのスマートフォンはあれからなんの知らせを伝えないまま、部屋に朝日が差し込んだ。結局一睡する事も出来なかったのである。
隣の部屋から、姫谷、ハルとマナビの声が漏れて来た。姫谷が2人を起こしに来たのであろう。「父さんが食卓で待っていらしてるわ 」と声を荒げているのが聞こえる。途端に2人分の足音が響きだした。
(なんだ、父さんと姫谷は家にいるのか。てっきり、ヒユウを迎えに行っているところかと思っていた )
まさか、2人がヒユウを連れて帰ってきたとは思えなかった。なんて言ったって、春日が来た日、ハルとマナビが来た時も真夜中であったのだが、態々姫谷に叩き起こされて出迎えをさせられたのだ。ヒユウが来たからとベットで丸まるオウギを蹴りいれなかったのだから、まだ此方には来ていないのだろう。
バタバタと階段を降りる音がする。キャッキャと騒ぐ声もするからハルとマナビのものか。途端に各々の自室が置かれている2階が静かになった。
「オウギ、起きなさいな 」
静まり返った廊下で姫谷の声が響く。普段から虫が好かない彼だから、自然とオウギは沈黙を貫いてしまう。
「寝ているの? お友だちが大変なのに薄情ね。 これから、父さんと春日の3人でヒユウ君を迎えにいって来るから、お出迎えする準備でもしておくことね 」
姫谷の人を食った物言いは、特にオウギへはきついように感じられる。オウギは、鈍い音がするほどに奥歯を噛み締めた。
姫谷が立ち去るのを確認して、オウギは目の前にいない相手へ唸り声をあげた。よくもこの2人は、何年も同じ屋根の下で暮らせたものである。仕方がない。そう、人間なのだから仕方がないのだ。馬が合わない相手とも円滑な人間関係を築けていられるのならば、この家は必要ないのだろう。
暫くすれば、階下の騒めきは収まった。ハルとマナビの与惣たちを見送る声が響き、この家に置かれている唯一の車の音が聞こえて来れば、いよいよオウギの胸のざわつきは一層のものになったのである。
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