アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
スープ ⑵
-
「はい、あーん」
スプーン越しに神崎の顔を見ると、憎たらしいくらいにニコニコしていた。悔しいことにツッコむ元気はないので、ささやかな抵抗として無言のまま何もせずにいた。
「ほら、あーんして?」
この機会に乗じようという彼の魂胆は見え見えなのに、差し出されたスプーンを奪い取ってやる気力すら湧いてこない自分が情けない。この人は病床の俺のためではなく、これがしたいがためにスープを作ったのではないかと疑いの念すら抱き始めた。再度スプーン越しに神崎を一瞥する。
「あっ、もしかしてフーフーしてほしいとか?」
こいつ、調子のりやがって。
わざとらしく惚けてきた神崎はどこか楽しげでむかついた。このままだと本当にフーフーされそうだったので、早々に諦めて口を開いた。
「ん、いい子」
満足気にこくりと一つうなづいて、俺の口元にスプーンを運んでくる。
「あー...ん」
俺が口を開けてから閉じるまでの間隔に合わせるようにして声を添えられる。子ども扱いされてるみたいで恥ずかしい。ますます熱が上がりそうだった。もうこんなのは絶対これっきりだ。風邪なんか一生ひくものか。
しかし、口に入れた瞬間、想像以上にスープがおいしくて驚いた。生姜のスパイシーな香りが鼻を抜け、玉ねぎの甘味が舌の上に広がる。飲み込む瞬間は激痛を伴ったけれど、気づけば二口目を求めて身を乗り出していた。
「どう?うまい?」
俺が小さく頷くと、ホッとしたような笑顔を浮かべた。二口目、三口目と、激痛を堪えながら、ゆっくりとスープを飲み下す。神崎は黙ったままそんな俺を見守ってくれていた。
生姜をふんだんに使ってあるのだろう、体が暑くなってきた。
「食ったら着替えような」
じんわり汗をかいてきた頃、神崎が言った。汗を流すと、身体の中の悪いものが出ていくような気がする。本当はシャワーもしたいところだが、それだけの体力はまだない。
....喉が、痛い。
スープも残すところあと二口ほどとなったが、痛みが増すにつれ飲み込むのが怖くなる。神崎が俺の顔を覗き込んできた。
「もうやめとくか?ほとんど食べれたし、もう無理は言わないから」
残すのは申し訳ない。
というより、残したくない。
喉が痛いからと言って別に死ぬわけではないし、逆に栄養を摂らない方が身体に悪いのだ。
俺は首を横に振って、小さく口を開けた。
神崎に食べさせてもらい、残りのスープを全て食べ切った。最後にしっかり薬も飲み、ようやく食事を終えた。
「よしよし。よくがんばった」
労うように、優しく背中をさすってくる。
子ども扱いするな。
そう言いたいところだが、我ながらよく頑張ったと思う。
頭が、ぼうっとする。
食べ切った達成感なのか、満腹感からなのか、気が抜けて身体がどっと重くなった。神崎に手伝ってもらって、なんとか服を着替えた。結構汗をかいていたようだ。着替えるとさっぱりして、気持ちがいい。
「よし、いいよ、横になろう」
ぼやぼやとそんな声が聞こえてくる。
俺は神崎に身を預けて、ベッドに横になった。
「......?」
....なんだこれ、枕が冷たい。
朦朧とする意識の中、それが氷枕だと気付いたのは少しあとになってからだ。いつの間に用意してくれたのだろうか。
ありがとう、と言いたかった。
スープもすごく、うまかった。
そういえば、ごちそうさま、って、まだ言えていない。
言いたいことがたくさんあるのに、気怠い身体はまるで言うことを聞いてくれない。
うっすらとだけ目を開けて、傍にいる神崎を視界に捉えるので精一杯だった。
頭が、喉が、腰が、関節が痛む。
もしこのまま治らなかったらどうしようか。胸の片隅に、小さな不安と恐怖心が巣食う。病気ってやつは、人を臆病にもさせるらしい。臆病という字に病という漢字が含まれるくらいなのだから、これももしかしたら病気なのかもしれない。
「大丈夫。すぐ良くなるから」
俺の心の声が聞こえたみたいだ。
神崎の手が髪に触れ、そっと掻き撫でた。神崎の手はどうしてこんなに落ち着くんだろう。不安も、恐怖も、全部消えてしまうくらい、ほっとする。
ずっと、触っていてほしい。
ぼんやりと視界に映る神崎を見つめながら、そう思った。
「.....かん、ざき」
「ん?」
「....かんざき、」
相変わらず、酷い声。それでも声を絞って、神崎の名を呼んだ。神崎は優しく笑って、俺の手を優しく包んだ。
「ちゃんといるから、安心して寝な」
神崎にそう言われると、本当に、不思議なほどに安心する。
俺の好きな手。
俺より少し大きくて、男らしくて、あったかいスープを作ってくれる、優しい手。
もっと近くに感じたくて、指先を絡めると、応えるように神崎も指先を絡めてくれた。安心した俺は、ゆっくり目を閉じた。
...ああ、そうだ。目が覚めたら、これも言わないといけないな。
またあのスープが食べたい、って。
end.
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
32 / 36