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ヘルプ指名されたリオンが顔を見せると、オレの隣に座ってた客が、「きゃあーっ」と甲高ぇ歓声を上げた。
「リオンくーん、風邪治ったの? おめでとぉー!」
担当のオレを差し置いて、リオンの頭をぐりぐり撫でる図々しい客は、前にあのボロアパートに同行したキャバ嬢だ。
仕事で飲んできた後なんだろう。店に来たばっかだっつのに、もうほろ酔いでテンション高ぇ。
けど、それはリオンの方も同じで、いつもより緩い顔を真っ赤に染めて笑ってる。
「ヘルプ指名、ありがとぉございます」
嬉しそうに礼を言う、その口調もかなり緩い。
ヘルプ指名っつーのは、文字通り、ヘルプにつくホストを指名すること。本来の指名より安いけど、一応指名料金も入る。
まあリオンの場合、オレを指名すりゃもれなくついて来ることにはなってっけど、わざわざ指名してやんのは、ご祝儀の意味もあるんだろう。
「カバライキンはどうなったの?」
客にこそりと訊かれ、「ああ」とうなずく。
「弁護士センセーに任せた。まあ、多分大丈夫だろ」
優しーじゃん、とからかうように囁きながら、向こうのテーブルのヘルプに座る、弁護士ホストをちらっと見る。
警察への手続きも全部やってくれた辰夜は、勿論過払い金請求の件も、着手金なしで引き受けてくれた。
『成功報酬でいいよ』
温和な顔で、ふふふと黒く笑う様子は、胡散臭ぇを通り越してちょっと怖い。オーナーも松崎もそうだけど、敵に回したくねぇ人種だ。
オレが割ったガラスの交換も、管理の悪いアパートの大家への陳情も、いろいろやってくれたらしい。
頼りになんのは事実だし、オレが代わりにってのは御免だし、こういうのはやりてぇヤツがやりゃぁいい。
リオンが懐くのも、無理ねぇように思えた。
詳しいことはよく知らねぇけど、過払い金が戻って来るまでには、早くても3ヶ月はかかるらしい。ただ、業者自体が悪徳だから、こっちの方が有利だと……黒い笑みを浮かべながら、弁護士センセーが言ってた。
その胡散臭ぇ頼もしさにも呆れるけど、リオンの無防備な愚かさにも呆れる。
あんだけ怖い目に遭っときながら、コイツはまだあのボロアパートに住んでるらしくて、度胸があんのかバカなのか、考えてることが分かんねぇ。
うちの店には一応寮もあるっつーのに、なんで入んなかったんだろう?
「リオン君、何食べる?」
「あ、じゃあフル盛り、いーですか?」
客ににへっと笑いかけ、遠慮がちにフードをねだるリオンを、じろっと睨む。
単価も高く利益率もいい、フルーツ盛り合わせのオーダーを煽んのは、オレが教えたことの1つで、この業界の常識だ。
決してリオンが、フルーツ好きって訳じゃねぇ。つーか今日1日で、コイツが何皿餌付けされたのか、もう把握しきれねぇ。
けど、そんだけ食ってんのにもかかわらず、嬉しそうなのは相変わらずで。
「リオン君って、いつも美味しそうに食べるよねぇ」
客ににこにこ笑いながら言われる度、食い過ぎだろってムカついた。
「お待たせ致しました」
白シャツに黒ベスト、黒蝶ネクタイの「黒服」が、静かにフル盛の皿を持ってくる。
「リオン君、食べたい? じゃあ、その前にまずは、約束のドンペリね」
にこっと笑いながら、客がオレの腕にしがみつく。
媚びるような目線。わざとらしく脚を組み替える仕草も、相変わらず蠱惑的で、打算的だ。
挑発するように、リオンにも流し目送ってんのにはムカッとするけど、ドンペリ入れてくれんなら文句はねぇ。
黒服に目配せし、ドンペリとマイクを用意させる。
『ドンペリ入りまーす!』
マイク越しの声に、「おおーっ」と騒ぎながら集まってくるヘルプたち。その後、マイクを渡されんのは、勿論リオンだ。
「無理です」なんて遠慮は当然、許されねぇ。酔いに赤らんでた顔が、緊張でますます赤くなる。
周りのホストが「はい、はい、はい、はい」と盛り上げつつ、リオンを急かす。煽られたリオンは、覚悟を決めたように大きく息を吸い込んだ。
緊張するとダメダメになるリオンのシャンコは、いつもいつも見られたモンじゃねぇ。けど――。
『麗しきっ(はい)、姫様のっ(はい)、ご、注文(はい)、いた、だきます(はい)』
真っ赤な顔してマイクを握り、必死に声を張り上げる様子には、頑張れよって応援しねーでもなかった。
手拍子付きで盛り立てるヘルプ。にこにこ嬉しそうに聞いてる客。その横に座り、ソファにもたれながら、正面に立つリオンを見る。
『今夜は姫、様(絶好調!)、お店のみんな、も(絶好調!)、シャンパン、飲ん、で(絶好調!)、朝まで騒い、で絶、好調ぉ!』
珍しく詰まらねぇリオンのシャンパンコールに合わせ、合いの手を入れる周りのホストも、みんな笑顔でノリノリだ。
湧き上がる歓声と拍手。
ポンッ、とわざと音を立てて栓が抜かれ、人数分のグラスに適当にドンペリが注がれた。
『姫様、一言どぉーぞっ』
湯気が出んじゃねーかってくらい、真っ赤な顔したリオンが、客の前にマイクを向ける。
『嵩君、大好き~!』
客の甲高い嬉しげな声が、マイクを通してうわんと響いた。
シャンコの終わり、客の一言をひゅーひゅー囃し立てながら、グラスを空にしたヘルプが元の卓に散っていく。
途中でつっかえてたものの、あんだけできりゃ上等だ。「やればできんじゃん」なんて、客の前で誉めてやんのはどうかと思うけど、頑張ってんのは見りゃ分かる。
客の女に抱き付かれ、頬へのキスを甘んじて受けながら、オレは足下のリオンにニヤッと笑った。
リオンの風邪の原因は、オレっつーより、栄養失調って可能性もあったんじゃねーだろうか。
「フル盛りばっかで腹減ってんだろ。この後、ラーメン奢ってやるよ」
閉店後、片付けしながらリオンをメシに誘ったのは、しょぼい冷蔵庫の中身を見たからだ。もやしと竹輪って、なんだアレ。もうちょっと肉付きがよくなりゃ……、いや。
ようやく脳裏から消えた残像、白い細腰を思い出しかけ、いやいやと首を振る。
「おおっ、ラーメンっ」
よだれ垂れそうな緩んだ顔で、嬉しそうに笑う後輩には、あん時の色気のカケラもねぇ。
ホントは肉食わした方がいーのかも知んねーけど、もう夜中だし、酔い覚ましにはラーメンだろう。
「じゃあ、支度終わったら待ってろよ」
素直に「はい」と返事するリオンに、「おー」とうなずく。
けど、リオンにもっと栄養を、って思ってたのは、オレだけじゃねーらしい。
「リオーン、この後みんなでメシ行こうぜーっ!」
悠汰がダダッと駆け寄って来て、ぐいっとリオンの首に腕を回した。
「え、みんなで?」
「おー、寮の近くに美味ぇトコあるんだ」
悠汰の誘いにデカい目を見開き、オレの顔を見るリオンに、モヤッとする。
友達営業が得意な悠汰は、誰にでも馴れ馴れしくて距離が近い。それは分かってっけど、オレの方が先約だろっつの。オレと悠汰とを見比べる、その態度にもムカついたし、次のセリフにもムカついた。
「で、でも、オレ今日、嵩さんとアフター……」
って。
「アフターじゃねーよ!」
思わずツッコミ入れながら、目の前の頭をボカッと殴る。
ぎゃははは、と指差して笑う悠汰、涙目のリオン。
「こらそこ、ケンカすんなー」
声かけてくる黒服を睨み付け、苛立ち紛れにため息をつくと、リオンが頭を抱えながら、上目遣いでぼそっと訊いた。
「アフターじゃなかったら、何です、か?」
涙でうるんだデカい目に、ドキッとする。
けど、コイツはあくまでも教育係を引き受けた後輩だし、男に突っ込む趣味はねーし、アレはなかったことにしたんだから――。
「ただのメシだろ」
そう言ったオレの見解に、多分間違いはねぇと思った。
(終)
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