アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
3
-
コールが終わったのと同時に、ハムスター女のテーブルを離れた。担当の史樹も来たことだし、後はヤツに任せりゃいーだろう。
滅多にしねぇ愛想笑いのせいで、顔が疲れた。気分も疲れたけど、頬の筋肉も疲れた。
癒されてぇなぁ……。
たまには冷んやりとした柔らかな、白い肌を抱きてぇ。
枕営業なんかしたことねーけど、癒しの為ならたまには――。そう考えたとき、ふっとリオンの顔が浮かんで、慌ててそれを打ち消した。
あいつと過ちをやらかしたのは、もう1ヶ月も前の話なのに、未だに引きずってんのかと思うと、自分でもゲンナリだ。
アイツは同僚で後輩で、手のかかる新人。それ以上でもそれ以下でもねぇハズなのに、なんでこんな、ビミョーな気持ちになるんだろう。
はあ、とため息をついて、待機所のソファにドカッと座る。
「嵩さん、ご指名です」
黒服が迎えに来たのは、それからすぐのことだった。
指定されたテーブルに行くと、常連の客が座ってた。化粧が濃くて香水キツメの客だけど、サバサバしてて話しやすい。
どこのOLか知らねーけど、カッチリしたタイトなスーツで、仕事もバリバリやってそうだ。
「来てくれてサンキュ。助かった」
正直に言うと、「何それぇ」ってケラケラ笑われて、日頃の塩対応をちょっとだけ反省する。
「いやマジ、今日はお茶かと思った」
お茶っつーのは、お茶を挽くの略語だ。元は吉原当たりの遊郭で使われてたみてーだけど、今でもまんま、水商売界隈でよく使われる。客が来なくて暇っつー意味だ。
勿論、指名客が来ねーなら来ねーなりに仕事はいっぱいあるんだし、暇どころじゃねーんだけど、雑用やヘルプ回すのとは気分が違う。
「またまたぁ、指名のない日なんてないでしょ?」
「なかったら電話しねーって」
ビミョーに否定しながら足を組み、ソファの背もたれにドカッともたれる。
目の前の丸椅子に座るヘルプはいなくて、それを物足りなく思う自分にもゲンナリだ。
「あれ、いつものヘルプの子は?」
客にツッコまれて、「ああ……」と視線を泳がせる。
「リオンならヘルプ指名貰って、別の卓に行ってんじゃね?」
「えー、世話係卒業?」
「どうだかな」
曖昧に流しながら、水割りでも作るかとグラスを取ると、客に腕を絡められた。邪魔、って言いそうになんのをこらえ、睨む代わりに流し目を送る。
ゲンナリしてんのに気付かれたんだろうか? 客は宥めるように「元気出してよ」って言って来た。
「シャンパン入れて、パァッとやろう?」
そう言われれば、「そーだな」って笑うしかねーだろう。
片手を挙げ、黒服を呼んでシャンパンのオーダーを入れる。
客が注文したのは、甘口の定番、モエシャンのネクター。オレはあんま好きな味じゃねーけど、シャンコしたら集まったヘルプにも分けるから、そんなに口には入んねぇ。
『シャンパン入りまーす』
黒服が、マイク越しに声を張り上げる。
「おーっ」と声を上げ、テーブルに集まってくるヘルプたち。その中に、リオンの顔が見えて、なんでかちょっとホッとした。
ホッとしたから――誰がマイクを受け取ったか、見てなかった。
『嵩君のぉー、格好イイとこ見てみたいぃー!』
「はっ!?」
マイクから響く声、不穏な音頭にギョッとする。マイクを持って、すげー笑顔で声を張り上げてんのは、さっきビンダでハメた史樹だ。顔が赤い。
「ちょっ……」
ちょっと待て、つったって、待ってくれるような相手じゃねぇ。
うわーっ、と盛り上がるヘルプ、わざと音を立てて栓が抜かれ、750mlフルボトルが目の前にドーンと置かれた。
コレ好きな味じゃねーんだって、なんて言い訳は通用しねぇ。ビンダコールを仕掛けられりゃ、つべこべ言わずに飲み干すのが礼儀だ。
『はい、ぐーいぐい(Yey)、ぐーいぐい(Yey)、ぐいぐいぐいぐいぐーいぐい(Yey)。ぐいーいぐい(Yey)、ぐーいぐい(Yey)、ぐいぐいぐいぐいぐーいぐい(Yey)!』
ノリノリでコールをかける売れっ子ホスト。コールの響く中、ぐっとボトルを口に着けてあおると、甘みの強い炭酸が口の中いっぱいに広がった。
ビール1缶、350mlなら一気飲みも苦じゃねーけど、さすがに倍の量はキツイ。苦手な甘みが強過ぎんのもキツイ。
飲み終わるまでエンドレスで続く『ぐーいぐい』に、ダメージがデケェ。
飲み切ってすぐに文句言いたかったけど、げふっとゲップが出んのが先だった。
「てめぇ……」
口元をぬぐいながら睨むオレを軽く無視し、史樹が床にひざまずく。
『姫様、一言どぉーぞ!』
マイクを突き出され、隣に座る客が、楽しげに声を弾ませた。
『今度はウコンでぐーいぐい!』
「ウコーン!」
誰かが笑いながら叫んでる。
「裏の薬局で買って来ーい!」
裏の薬局、って聞いて、パッとあの胡散臭ぇ店員の顔が頭に浮かんだ。「いらねーよ」ってぼやきは、賑やかな笑い声の中に消える。
ウコン系のドリンクも、あんま好きな味じゃなかった。良薬は何とかって言うけど、ビールみてーな爽快感がねーんだから仕方ねぇ。
「オレがっ!」
聞き覚えのある声がそう言って、無意識に眉間にしわがよる。
「口直しにビール飲む?」
客にくすくす笑われて、「おー」とうなずき、ため息をついた。
ウコン飲んで更にビールかよ、と思わねーでもなかったけど、酒には強い方だし、まだまだ多分余裕だろう。
それが大きな間違いだって分かるのは、翌朝。
「ビールの後は、ウーロン茶でいーや」
ゲンナリしながらぽろっと漏らすと、客が「らしくないねー」ってケラケラ笑う。記憶があんのは、そこまでだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
14 / 33