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「お待たせ」
客の待つテーブルに向かい、ソファの隣にドカッと座ると、「あれっ」って不思議そうに言われてモヤッとした。
「リオン君は?」
って。そのセリフはもう聞き飽きたっつの。
「いつも一緒にくっついてる訳じゃねーよ」
このセリフも言い飽きた。
ソファにもたれて足を組み、はーっと深くため息をつく。
間抜けな新人ホスト1人、なんでこんな気にしなきゃいけねーんだろう。意味が分かんねぇ。
「何か頼んでいい?」
客に訊くと、「いいよー」って言われた。
甘ったるいのは飲みたくなくて、手を挙げて黒服を呼び、ビールを頼む。
「お前は?」
「同じの」
腕に抱き着かれ、うぜーと思いつつオーダーを通す。
ビールは1000円だから、ちょっとした居酒屋とそう変わんねぇ。夏なら枝豆も1000円でよく出るけど、今は春だから別のつまみだ。
ビールが来たとこで、グラスを打ち合わせて乾杯する。グラスをぐっとあおった客が、「んーっ」とオッサンのような声を上げた。
「仕事終わりの1杯は美味しいなぁ」
「オッサンかよ」
ふふっと笑いながらツッコミを入れ、むうっと拗ねた客の顔をちらっと見る。
その拍子に、リオンの拗ねた顔を思い出し、ドキッとした。
「うそうそ、機嫌直せよ、姫」
愛想よく言い放ち、拗ね顔の客から目を逸らす。
女の拗ね顔なんかに動揺したりはしねーのに、なんでリオンのそれは、たまに直視できねーんだろう。
苦い炭酸をもっかいあおり、残り少ねぇビールを飲み干す。
『ドンペリ入りまーす!』
マイク越しの声が聞こえたのは、その時だった。
おおーっ、と声を上げながら集合するヘルプホスト。指名客を相手にしてる担当ホストは基本的に免除だけど、接客に飽きてりゃコールにかこつけ、席を立つ口実にする。
オレも結構参加する方だったけど、今はなんでか、腰が浮かなかった。
ヘルプが群がってるテーブルは、多分7番。それはさっき、リオンと一緒に初回挨拶に向かった卓で――。
『はっ、ハッピーハッピー、今、夜は、ハッピー……』
つっかえながらのコールが聞こえて、やっぱりか、ってドキッとした。
「ああっ、あれリオン君じゃない?」
隣に座る客が、きゃきゃっと楽しげな声を上げる。
「あー……よく分かるな」
気のねぇフリしてグラスに手を伸ばすけど、さっき飲み干したそれは空で、くそっと思う。
代わりに別のグラスを取り、トングで氷を放り込んでも、騒がしいコールのせいでカランとも聞こえねぇ。
『乾杯乾杯、出会いに乾、杯……』
マイク越しに聞こえる、張り上げられたリオンの声。
きっと顔を真っ赤にして、マイクをぎゅっと握り締め、自分を「リオリン」って呼んだあの女に、乾杯を捧げてるんだろう。
手早く水割りを作り、マドラーで乱暴にかき混ぜる。その音すら耳に届かなくて、イラッとした。
「ねぇ」って女にしがみつかれ、更にイライラが募る。
ふわっと鼻につく香水、細い指を毒々しく飾るネイル、肩に縋られ、ファンデーションの汚れを気にして、うんざりした。
「あの子のシャンパンコール、いいよね」
耳元で囁かれんのもウゼェ。
ひくっと引きつりそうになる頬に気合を入れ、作り笑いに唇を歪める。
「じゃあ、コール指名するか?」
お返しに囁き返すと、「どうしよう」って上目遣いで見上げられ、その仕草にもリオンを思い出して、腹の中が熱くなった。
イラついてんのかモヤついてんのか、自分でもよく分かんねぇ。
なんでこんな、気に障んのかも分かんねぇ。
シャンパンオーダーしたってことは、初回料金からオーバーすんのもOKってことか。じゃあ、指名料取られんのもOKか。
リオリンはこっち、と、ソファの隣をぽんぽん叩く仕草を思い出し、それにも腹が熱くなる。
『姫様、一言どおー、ぞっ』
シャンコの終わり、派手に音を立てて抜かれるシャンパンに、わあっと歓声が上がった。
『リオリン、60点』
客らしき女の声に、ヘルプ達がひゅーひゅー騒いだ。
「お前、リオリンかよ」
悠汰が大声で笑う声がする。
リオリンって何だ、ってムカついた。
「へぇ、リオリンだって、可愛いね。私も嵩リンって呼ぼうかな」
隣でくすくす笑う女にも、ムカついた。
ふざけた呼び方すんじゃねーっつの。馴れ馴れしくてイラッとする。リオンを隣に座らせてるだろう、元凶のあの女にもムカつく。でも1番ムカつくのは、気になってんのを否定できねぇ自分自身だ。
たかが後輩、たかが指導係。同じく先輩にあたる史樹や、面倒見のいい悠汰が構うのは当たり前だし、別に気にする必要はねぇ。
ホストクラブのキャストなんだから、女に接待すんのは当たり前だ。
愛想よく笑みを向けんのも、甘い言葉をかけ、ヨイショすんのも。
「ドンペリ頼んでくれたら、アフター付き合ってやってもいーぜ」
そんな誘い言葉で煽って、自分の売り上げ伸ばすのも。ホストなら当たり前のことだった。
アフターは、営業時間後に客と店外で会うアフターサービス。
オープン前に客と待ち合わせ、店に誘導する同伴と違って、何の追加料金も発生しねぇ、完全なるサービス残業。
オレはそれが好きじゃねーし、そんなのしてまで売り上げアップ狙う程仕事熱心じゃなかったけど、絶対やんねーって訳でもなかった。
行先はメシだったり買い物だったり色々で、カラオケ行ったりすることもあるし、中には客とホテルに行ったりするヤツもいる。
「それ、ホント?」
きゃあっと声を上げ、顔を赤らめる客に、「おー」と笑いかける。
「ドンペリな」
財布に持ち合わせがなくても、クレジットカード持ってんならそれでいーし、1回くらいならツケで払ってやってもいい。キャッシュカード持ってんなら、コンビニに一緒に付き合ってやってもいい。
脳裏に浮かぶリオンの白い肌を、振り払うように水割りをあおる。
ピッチ早過ぎだと思ったけど、飲まなきゃやってらんなかった。
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