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リオンのコールは、その後も続いた。
つっかえつっかえのマイク越しのコール、ヘルプ達の騒ぐ声、手拍子と共に、「うおーっ」と盛り上がってんのが店中に響く。
一体何人集まってんのか、7番テーブルの辺りにはすげー人だかりができてて、ちょっと引いた。
悠汰の他に史樹の顔まで見えて、おいおいと思った。
そりゃ、担当客と2人でしらっと座るより、盛り上がりに参加して騒いでた方が楽しいには違いねーけど、売れっ子がそれやっちゃダメだろう。
ひくっと眉間にしわを寄せ、騒がしい連中をちらっと睨む。
そしたら隣に座る客に、からかうように笑われた。
「行きたいなら行ってもいーよ?」
「行く訳ねーだろ」
反射的に否定して、くそっ、と思う。いつもなら、「そーか?」とか言って席立つマネしてやるトコなのに、キッパリ否定してどうすんだ。
「ホント?」
きゃあっと笑い声を上げ、腕に縋り付かれて、ちっ、と心ん中で舌打ちする。
「やっぱウソ」
冷たく言い放ち、掴まれた腕をするっと引くと、「ごめーん」ってすぐに謝られた。
ふっとため息をつき、ソファにもたれる。
「何か頼んでいい?」
一言客に断り、黒服を呼ぶべく手を挙げる。『シャンパン入りまーす』と誰かの声が聞こえたのは、その時だった。
ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、と拍手混じりに煽るヘルプ。
一体、何回シャンコするつもりなんだ? 思った通り、盛り上がってんのは例の7番テーブルで、関係ねーのにモヤッとする。
「行っちゃう?」
媚びるように訊いて来る客には、イラッとする。
『え、え、う、麗しきっ(はい)、サキ様のっ(はい)、ごっ……』
ご注文、ってセリフんとこでストップする、リオンのコールにもイラッとした。まだ冒頭だろ、つっかえんのにはまだ早ぇ。
けど、リオンのコールはいつ聞いても大体危なっかしいのが定番だ。
つっかえて失敗して、土下座するまでがワンセットで、失敗がむしろウケる時もある。
『許して下さい』
マイク越しに響く、聞き慣れた謝罪。
うおーっとまたヘルプが騒ぎ、サキって呼ばれた客の女が、『やり直し!』って厳しく言うのが店内に響く。
真っ赤な顔で、涙目で、今きっとアイツはあの女の足元で土下座して謝ってるんだろう。
それを思うと、モヤモヤが募る。
「お呼びですか?」
遅ればせながら寄って来た黒服に、ジントニックを頼み、待つ間に水割りを作る。
カラン、と鳴るハズの氷の音は聞こえねぇ。
客の話に適当に相槌を打ち、酒を煽る。「ピッチ早くない?」って、訳知り顔で囁かれんのにも、うんざりした。
「じゃあ、また後でな」
アフターを約束した客の女を、会計の後で店の外まで見送り、軽く背中を押し、手を挙げる。
閉店時間まで、あと2時間近くあったけど、客がどこでどう時間を潰そうが、オレには関係のねぇことだ。
にこにこ笑いながら去ってく女を一瞥し、くるっと向きを変え店に戻る。
と、すぐ真後ろにリオンがいたんで、ドキッとした。あの例の客も当然一緒で、じわっと腹の奥が熱くなる。
「さっきはどーも」
ニッと笑みを浮かべて軽く挨拶してやると、リオンの隣に立つ女は、「どーも」ってぺこっと頭を下げた。
豪遊した割には普通の女だ。浮かれてもねーし、ビビってもねぇ。いや、だから別に、どうって訳じゃねぇ。どうって訳じゃねーけど――。
「この後、どうすんの?」
馴れ馴れしく女に質問する、リオンの声を背中に聞く。
「どこ、泊まってるって?」
「Oホテル……」
そんな会話を漏れ聞いて、なんでかすげー動揺した。
ホテル、って。初回でいきなり枕かよ? いや、元々知り合いだった訳だし、初対面での初回枕とは訳が違うだろうけど、でもリオンがって思うと衝撃がデケェ。
初回でいきなり指名貰って、3回もシャンパン入れさせて、一体いくらになったんだろうって、下世話な疑問が腹に積もる。
そんだけされりゃ、さすがにアフターは断れねーだろうと思いつつ、モヤモヤすんのは収まんなかった。
オレだってアフター予定してるけど、枕するつもりなんか当然なくて――。
でも――。
ひんやりとした白い肌、すべらかな感触を思い出し、ひと肌恋しさにぶるっと震えた。
薄暗い店内に戻ると、待機所に戻る間もなく、黒服が声を掛けてくる。
「嵩さん、15番テーブル、ご指名です」
「おー」
軽くうなずき、指定されたテーブルに向かう。
「ワリーな、待ってた?」
ニヤッと笑いかけて隣に座ると、「10分も待ったよぉ」って拗ねた声で文句を言われる。
10分くらいじゃ待ったって言わねーだろ。ノドから出掛かった言葉を呑み込み、「ワリーな」って盛り髪を撫でると、何を付けてんのかべたっとしてゴワッとして、頬が引きつりそうになった。
さり気にお絞りで手を拭き、ヘルプから差し出される水割りを受け取る。
テーブルを挟んだ向かいに座るヘルプは、いつもの間抜け面の新人じゃなかった。
そりゃ、さっき見送りですれ違ったばっかだし、考えるまでもなく当然なんだけど、違和感激しい。
訳もなく動揺して、それを誤魔化すよう水割りをあおる。
これ、何杯目だっけ、ってちらっと思ったけど、思い出せるほど冷静には当分なれそうになかった。
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