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嵩さんのキリッとした眉が、ぐっと剣呑に寄せられた。
「お前……っ」
言葉を詰まらせる様子に、無茶苦茶怒ってるのが伝わってくる。怒鳴られる、と思った瞬間、オレが取った行動はその場からの逃走だった。
パンプスのかかとは低いけど、やっぱすごく走りにくい。
ミニワンピはひらひらして、めくれそうだと思ったけど、構ってるような余裕はなかった。
中身はどうせいつものトランクスだし、見えたってどうってことない。それより、嵩さんに捕まる方が怖い。
カンカンカンカン、アスファルトの路面にパンプスの音が響く。
爪先痛い。脱げそう。シンデレラって、こんな感じ? そう思った時――ぐいっと腕を掴まれて、悲鳴を上げる間もなく捕まった。
背中から回されたスーツの腕に、首筋を圧迫されて息が詰まる。
「ぐ……う」
たまらず腕を叩いたけど、簡単に解放して貰えない。
「どういうつもりだ?」
荒い呼吸の合間に、低い声で詰問される。こっからは顔が見えないけど、怒ったままなのは分かった。
「あ……の……」
「それに何だ、その格好?」
ぎりっ、と更に首を絞められ、「んっ」とうめく。
「変装してまで、何やってんだ? てめーは一体、何がしてーんだよ!?」
間近で大声で怒鳴られて、ビクッと体が硬直する。
嵩さんの怒りも怖いけど、それより周りの人にじろじろ見られてるのが気になった。
真っ昼間の新宿、こんなに騒いでたら目立つのも当然で、いっぱいの人が遠巻きにオレらを見てる。
揉め事なんて珍しくもないと思うのに、注目されてるって気付くと身が竦んだ。こっちにスマホを向けてる人もいて、ビビる。
嵩さんも、さすがに人目を引いてるのに気付いたみたい。
やがてパシャッと、どっかからカメラのフラッシュが浴びせられて、嵩さんが「ちっ」と舌打ちした。
「来い」
首に回されてた腕がほどけ、代わりに手首を掴まれて引きずられる。
慌てて足を動かすと、嵩さんは遠巻きのギャラリーを掻き分け、そのままぐんぐんと路地の向こうに駆けてった。
右に曲がって左に曲がって、もはやどこをどう通ったのかも分かんない。
どっちが武蔵だったのか、どっちに駅があるのかも分かんない。でもホストクラブの看板が、あちこちにデカデカかかってるから、きっとそう遠くには行ってないんだろう。
「嵩、さん」
一体どこ行くの?
引きずられるまま走らされ、つまづいた拍子にパンプスが脱げる。
「あっ!」
とっさに立ち止まると、嵩さんはまた舌打ちを1つして、そのパンプスを拾い上げ、怖い顔のまま差し出した。
ギクシャクとかがみ込み、痛む足をパンプスに押し込める。
再び腕を引かれ、「来い」って言われたけど、今度は走ったりはしなかった。目の前の建物を目で指され、ドキッと心臓が跳ね上がる。
そこは、オシャレな外観の小さなラブホテル、で。
「話聞きてーなら、ついて来い」
そう言われると、ためらいつつも、後について中に入るしかなかった。
さすがに真っ昼間だけあって、ホテルには空き室が幾つかあった。
適当に選ばれた部屋は、壁も床も白木のフローリングになってて、ちょっと狭いけどキレイだった。
バラの花びらが散らされたベッドに、促されるまま腰掛ける。
嵩さんはTVの前のソファにドカッと座り、不機嫌そうに長い脚を組んだ。
「そんなに人の過去が知りてーのかよ? 趣味ワリーな!」
じろっと睨まれ、怒鳴り付けられて、「す、みません」って頭を下げる。
オレだって、女装してまで潜入したかった訳じゃない。けど、誰のせいにもしたくないし、最終的に行ったのは自分だし、反論のしようもなかった。
趣味悪いって言われると、確かにそうで、ぐさっと胸が痛む。
「オレ、エースに……」
「はあ!?」
凄まれてビクッと震えながら、痛む胸を押さえつける。
「オレ、嵩さんのエースになりたい! す、好きな人のこと、知りたいって思うの、いけません、かっ」
オレの言葉に嵩さんは一瞬言葉を詰まらせたけど、怒ってる顔には変わりなくて、なんだか余計に痛かった。
武蔵で最後に接客してくれたホストが言ってた通り、嵩さんは武蔵で働いたことはなかったらしい。
嵩さんが前に所属してたのは別の店で、そこはもう潰れちゃって、今は別の店舗になってるんだって。その潰れる原因になったのが黒夢さんなんだって、嵩さんが言った。
「あいつは武蔵に移籍する時、自分の顧客だけじゃなく、他のホストの客にも片っ端から声かけて、丸ごと奪ってったんだ」
苦々しげに言い放ち、ぎりっと歯を食いしばる嵩さん。
同期の顧客も、先輩の顧客も、嵩さんたち後輩の顧客もほとんどを奪って、そんで武蔵のお客に変えちゃったみたい。
そこに武蔵っていう店がどこまで関わってるのかは分かんない。自分の担当ホストを裏切って、姫様たちにどんな得があったのかも分かんない。
お金か……それか、別の何かか?
勿論、黒夢さんの誘いに乗らず、残ってくれた姫様もいたらしいけど、どう頑張っても穴は埋められなくて、じきに倒産しちゃったんだって。
「分かるだろ、それがどんな最低のことか?」
低い声で訊かれ、黙ったまま神妙にうなずく。
「最低なんだよ、どいつもこいつも!」
腹立ちまぎれにガンとローテーブルを蹴飛ばす嵩さん。
その衝撃に、カラオケマイクがごろんと床に転がったけど、とても拾う気にはなれなかった。
黒夢さんが顧客を奪わなくても、もしかしたらその店は倒産してたかも知れない。黒夢さんが移籍しただけで、かなりの打撃だったかも。
店を移った姫様たちだって、ずっと武蔵に通い続けるつもりはなかったかも知れない。頑張って連絡取って頼み込めば、また戻ってくれたのかも。
けど、その店はもうないから、今更「もし~」とか「~かも」とか言ってても仕方ない。
嵩さんだって、黒夢さんにっていうよりも、不甲斐なかった自分に対して1番腹を立ててるのかも知れなかった。
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