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「うちの店、ゲイバーにしようかなぁ」
「はい?」
開店してすぐ、まだ客がいないカウンターの中で、マスターがいきなりそんなことを言ったので、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。今日は平日なので、マスターの他には店員は俺しかいない。
「いや、前からしたかったんだけどね。でも色々あって普通のバーってことで店出したんだけど、やっぱりゲイバーにしたいなあって。でもさ、急に変えると、今までのお客さんどうすればいいんだろうとか、色々悩むことあってさぁ。だから結局、これからも普通のバーってことになるんだろうけどねぇ」
マスターは、いつもの柔らかく優しい喋り方でそう言った。
俺はそんなこと知らなかったので、素直に驚いたと同時に、やっぱりソッチの人なのかと思った。ていうか、俺に隠すのやめたんだろうか。
「京介くんはさぁ、もしこの店がゲイバーになったらどうする? 今まで通り働いてくれる?」
「え」
そんなことを聞かれ、俺は面食らう。向こうはいたって普通に質問してるみたいだけど、こっちとしてはどういうつもりで答えればいいのか分からない。
「そうっすねえ……。ゲイバーってどういう感じなんすか。酒作って、簡単なつまみ出して、ってのは変わんないんでしょ?」
「まあ店によって色々だけど、基本的に男しかいないのは特徴だよね。京介くん、今は女のお客さんにモテモテだけど、ゲイバーになると男のお客さんからお誘いされちゃうと思うよ。って言っても、すでにモテてるんだけどねぇ」
にこやかに笑われ、俺は軽いカルチャーショックのようなものを受けた。
特にそういう差別・偏見はないつもりだが、自分がそういう目で見られるというのはワケが違う。しかも、現在進行形だという情報まで、ご丁寧に聞かせてくれていた。
「あー、まじすか……。話するぐらいならいいっすけど。それって、身の安全を心配するレベルっすか?」
「あはは、どうだろうね。しつこく迫ってくる人にはノンケだって言っとけば、多分ちょっとはマシだと思うよ。そんな人は出禁にするけど。それに、何かなる前に、俺がお客さんとの間に入ってあげるから。大丈夫でしょ。
って言っても京介くん身長高いし、普通に勝ちそうだよねぇ」
マスターはいつものように丁寧にグラスを拭きながら、隣で俺がどんな顔をしているかも気にせず楽しそうに語った。
「まあ、当分ゲイバーにはしないから、あくまでご参考までに」と付け加えて、軽く動揺している俺の肩を叩いてにっこり笑った。
そうこうしていると最初の客が入り、俺たちのおしゃべりは中断になった。
マスターはいい人だけど、こういう風に時々俺を困らせて遊ぶようなところがある。彼は基本頼れる先輩という感じで、物腰が柔らかくて優しい。見た目が割とキリッとしていて刑事みたいな感じなので、喋り方とのギャップに最初は驚いた。
「いらっしゃいませ」
また新たに客が来て、マスターが挨拶する。
さっき帰った客がボトルをキープして行ったので、俺はその時壁側を向いてプレートに名前を書いていた。
「ジントニックとシャーリーテンプル、お願いします」
「かしこまりました」
今来た客が飲み物を注文した。その声を聞いて、俺は思わず振り返っていた。
「え、ユキ?」
そこにいたのは、やはり彼だった。
「おお」
向こうも俺に驚いた様子で、ただそれだけ口にした。カウンターに座るあいつは一人ではなく、綺麗な女性と二人連れだった。
「あれ、京介くん、お友達?」
マスターが尋ねてくる。
「あ、はい。幼馴染みで」
「ああ、そうなんだ。だったらお二人とも、一杯目はサービスってことでいいですよ」
「え、でも……」
と二人が言う。
「いいんですよ。お礼なら京介くんに」
「俺のおごりですか」
マスターと俺のやり取りで二人の表情がほぐれる。彼らが遠慮しているので、マスターは気を利かせたようだ。
ユキが来るなんて思ってもいなかった。
でも、考えてみればこのバーは会社からのアクセスもいいし、店の外観もカジュアルで若い人も入りやすい。いつ来てもおかしくはなかったかもしれない。
他にも二、三組の客がいたので、俺とマスターはしばらく二人からは離れていた。店の雰囲気は落ち着いていて、たまに聞こえる客たちの笑い声も騒がしい感じじゃない。バイトに入っていて思うけど、店の雰囲気に合う節度ある客が多いのもこの店の良い所だ。
ユキたちもその例に漏れず、時折女性の柔らかい笑い声が聞こえる程度だった。
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