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その後、相変わらずぼんやり、番組を観ているような聞き流しているような感じで座っていた。時たまぽつぽつ会話をしながら、二人で別々の飲み物をちびる。
俺の方も次第に平静になっていき、缶ビールが空になる頃にはすっかり普段通りに戻っていた。
「新居探し、順調か?」
番組が終わり他のを探していると、ユキがこっちを見て尋ねた。俺は番組表を見ながら答える。
「まあまあかな。候補は決めたけど、日程とかがまだだな」
「決めたのか。どんな感じ?」
「んー、ここよりは当然狭いけど、いい感じだぜ。駅近いし、コンビニもすぐそこだし、角部屋だし。家賃もまあまあ」
そう言いながら面白そうな番組を見つけたので、チャンネルを変える。
「へえ、角部屋は羨ましいな、俺も出来たら角部屋がよかったんだよなあ」
ユキは羨ましそうな声を上げた。俺は得意になって、あと三つか四つ気に入ったポイントをずらずらと並べ立ててみせた。あいつは流石に笑う。
「ずいぶん気に入ってんだな」
「おう。これでも頑張って探したからな」
さらに得意になってみせた俺に、ユキは目を細めて笑った。
「いつごろの予定なんだ、引っ越しは」
「んー、バイトの都合次第だけど、多分一ヶ月はかからねえな。再来週……、早くて来週かな」
そう答えた俺に、彼はこっちを向いた。
「来週? 結構早いんだな」
「あ、早くて、な。多分バイトなかなか空かないし、再来週近くになると思うんだけどよ。なるべく早くにしたいとは思ってんだけど」
なかなかなあ……と呟いて言葉を切ると、向こうも「そっか」と言ったきり無言になった。
こいつに面倒かけたくないし、俺の都合からしても引っ越すなら早い方がいい。もしかして、何か俺に早く出て行ってもらいたいことが起こって、だから予定を聞いたのだろうか。でもまだ引っ越しの日は早くないと知って、落胆でもしているのかもしれない。
柄にもなく内心で考えを巡らす。あいつがなかなか何も言わないので、俺はまたさっきの緊張が再来してきそうになっていた。
「なあ」
やつがやっと言葉を発したので、俺は暗闇でようやく明りを見つけたかのようにサッと隣を見た。
「何?」
あいつはテーブルに置いた空のコーヒー缶に視線をやりながら黙っている。
しかしいきなり、パッと明るい顔になって言った。
「俺もビール取ってきていい?」
いきなりの想定外の言葉に、俺は一瞬唖然として、それから慌てて頷いた。あいつはさっとソファから立ち上がり、冷蔵庫へ歩いて行く。
何だ、今の。いきなりの明るい表情……明らかに何か話題を変えた。あいつらしくない。その前は、何か深刻なことを話しかねない雰囲気だったけど……俺の勘違いだったのか。
戻ってきたユキは、腰を下ろしながらビールを飲み、テーブルに置いた。が、そのうち俺が訝しげな顔をしているのに気付くと、いつもの大人な笑みを浮かべた。
「ごめん、いきなり舞い上がっちゃってさ。考えたら、これってお前の新しい門出だろ? つい嬉しくなっちゃって」
そう言って目を細め、俺の分の缶ビールを差し出した。礼を言って栓を開けると、乾杯の時のように軽く缶同士をぶつけてきた。
「おめでとう」
そう言ってメガネの奥で目を細める姿に、俺は不意に心を掴まれた。かっこよかったからだけじゃない。いきなり、ぐっと胸に迫るものがあったからだった。それは多分、大袈裟に言えば、“感動”だろう。
「あ……ありがとう」
照れくさくなって、思わず俯く。こんな広いマンションの一室で、缶ビールとはいえ、二人きりでお祝いなんて。こんな状況、まるですごく大切な相手同士……恋人同士、みたいじゃねえか。
そんなバカなことを考えてしまったら、一層恥ずかしくなってしまった。何だか顔が熱い気がする。そのことを気付かれたくなくて、テレビの方を向いてグビグビと缶を傾ける。するとむせてしまい、ビールを零してしまった。
「ちょ、大丈夫かよ」
その辺にあったタオルをユキが引っ掴み、俺の服を拭いた。顔を見られたくなかったので、大丈夫と言おうとしたが、口元を押さえているうちにバッチリあいつの方を向かされてしまった。
「だ、大丈夫だって」
言って顔を背けようとしたら、タオルを持ったあいつの手に邪魔された。正面にある瞳が、じっと俺を見ているのを感じる。
あいつの顔が見られなくて、視線を泳がせるように逸らしていた。すると、あいつがふっと笑った。
「零れてるだろ」
やけに優しい声で呟いたと思ったら、あいつは視界の隅でメガネを外した。そのままゆっくり、顔が近付けられる。
「……またビール味だな」
顔が離れてから苦し紛れの冗談を呟くと、いつものユキはまた目を細めて笑った。
[chapter.5 end]
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