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言うべき言葉(4/5)
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「うぁー……疲れた」
積み重なった書類のタワーが数センチほどになった頃、一回休憩した。
窓から見える景色は夕日で真っ赤に染まっている。
隣で俺と一緒にキーボードを打っていた会長は凝った肩を叩く俺を見て一言口にした。
「……もう帰っていいぞ」
「え……」
「付き合わせて…悪かったな」
歯切れ悪そうに礼を言って照れる会長を見て、俺は苦笑した。
「最後まで付き合いますよ、ツンデレ会長」
「ツンデレじゃねぇ…!」
いや、どう見てもツンデレでしょーが。
会長は小さく舌打ちをするとポケットから何かを取りだす。
そしてそれを無理矢理俺の手に握らせた。
「…いいから帰れ」
「や、だから最後まで……!」
途中で言葉を途切らせてしまう。
自分の手の平にあるものに釘付けになってしまったから。
「……これ……」
「あ?何か文句あるのか。疲れたときには甘いものが一番だろ」
「……!」
そのセリフ…一緒だ。
あの先輩……今俺の手中にある、いちごみるくの飴をくれた先輩と。
偶然が二度も重なり、動揺が呼吸の乱れとなって表れた。
会長が…あの先輩なわけない。
甘いものを食べたら疲れがとれるのは当たり前だし、いちごみるくの飴はこの辺の店で売ってるのかもしれないだろ。
冷静に状況を整理して自分に言い聞かせた。
「……どうした?急に黙りやがって」
「…別に。とにかく最後までやりますから」
「いいから言うこと聞いて帰れ。
そんなに意地張って頑張るな」
「意地張ってないし。中途半端にするのは嫌なんです。
それにこの量だと会長一人で処理するのは大変でしょう?」
「黙れ。暗くなる前に帰れ」
「…一度任せたなら最後までやらせてください」
俺が会長を睨むように見ると、会長がガタッと立ち上がって俺を見た。
「……何かイライラすると思ってたんだよな、お前のこと」
「知ってます」
「思いだした。お前、昔会ったやつに似てる。
頑固で自分にめちゃくちゃ厳しい奴」
会長はそう言うと俺が使っていたパソコンの電源を切る。
「顔はあんまり覚えてないけどな。
短い間だったが、一度だけ庶民の中学校に通ったことがある。
…後継ぎになる前に“普通の中学生”ってのを体験させてくれって親父に頼んだ」
ホストの言っていたことがふと脳裏をよぎる。
やっぱり会長にも夢があったのだろうか。
「そのときに出会った後輩が、すげー意地っ張りな奴でな。
新聞配達を終えた早朝、教室でぽつんと一人で座っていた。
話しかけても一言しか返ってこねぇし。
でもたまに笑う顔がすげー可愛かったのを覚えてる」
「──…」
心臓の鼓動が異常に早まる。
足が、震えた。
その人物が、自分に重なってるように思える。
つじつまも合ってる。
会長が…まさか。ありえない。
胸元を押さえながら会長に質問する。
声帯が震えた。
「その……中学校の名前…」
「あ?確か──…」
会長の口から語られた中学校の名前。
それは俺が通っていた学校だった。
胸のどこか奥から、突き上げるような衝動。
全身の血が顔に集まっていくのを感じた。…熱い。息が苦しい。
会長が……あの先輩……?
頭がくらくらして、鼻の奥がつんとする。頬だけじゃなくて耳も熱い。
俺はいちごみるくの飴を汗ばむ手で握りながら会長を見上げた。
視界の中にいる会長が、ぎょっとした表情をする。
「お前……何つー顔してんだよ…」
「あ…」
会長が一歩踏み出してきたため、後退りする。
そんな俺を見て会長は更に俺との距離を縮めてくる。
「…おい?」
「や……来るな…俺に近づくな…!」
「はぁ!? 何で急に拒絶するんだよ?つかお前何で顔赤くしてんだよ」
会長はしかめっつらをして俺の腕を掴む。
俺はそれを振り払って会長との距離を開けようとする。
「触んな…っ」
「おい…、待てって!」
「あっち行けよ!」
「…ちっ、急にどうしたんだてめぇは。
つか逃げるな!」
「やめ…っ、離せ…!」
会長は俺の腕をもう一度掴むと壁に縫い止めた。背中がかたい壁に当たる。
「…っ」
「俯くな。ちゃんと顔見せろ」
「う…!」
会長に髪を後ろにひくように引っ張られ、無理矢理顔を上げられる。
そして俺のおとがいを指で掴んだ。
切れ長の目が俺をじっと見つめてくる。
鼻梁の通った整った容姿を持つ会長。
その視線を受けて俺は小刻みに息を吐くことしかできない。
「お前……ほんとにどうした?んな顔してると"襲ってほしい"って言ってるのと同じだぞ」
「……」
「……否定ぐらいしろよ」
口を開くけど、声がでない。
……こんな再会、あんまりだ。
いきなりすぎて"ありがとう"を伝えようと固めていた決心が動揺によって一気に崩れた。
緊張で体を動かせない…情けないとしか言いようがねぇ。
この数年間でつちかってきたものはどこにいった?もう同じ過ちを繰り返したくないのに。
何もできずに時間が過ぎていく。
そう感じたとき、人影が個室に現れた。
小さな音がした方を見ると、入口に優先輩が立っている。
「ま…さ……?」
「…!」
「どうしたんだい、優」
優先輩の後ろから真知先輩の姿も見えた。
二人が現れたことによって緊張がとかれる。
腕の筋肉が緩んで、手の平からいちごみるくの飴がコロンと床に落ちた。
真知先輩の姿を見た会長は、俺からパッと離れて焦りだす。
「ま、真知、誤解だ。襲おうとしてたわけじゃねぇんだ…!」
「……」
真知先輩は慌てふためく会長を見ようとはしないで、床に落ちたいちごみるくの飴をじっと見つめていた。
「……優、帰ろう」
「で…も……」
「僕達の出る幕じゃないよ」
真知先輩は微苦笑を浮かべて、優先輩の腕を引く。個室から出る際俺と目を合わせ、一言呟いた。
「……頑張ってね」
「……!」
「あと政司。真琴くんが泣くようなことをしたら許さないよ」
「は…?つか一体何がどうなってんだよ…!誰か説明してくれ!」
「じゃあね、真琴くん」
「ばい…ばい、…まこ」
真知先輩…会長があの先輩だとすぐにわかったのか…。
そうだ。俺は"今"頑張らなきゃいけないんだ。
二人の姿が消え、夕日が差す個室に静寂が訪れる。さっきより冷静になることができた俺は、窓を背にして立つ会長を見据えた。
臆せず、けど小声で、会長を呼ぶ。
「……先輩…」
「…あ?確かに先輩だが…どうした急に」
「先輩は……さっき話した、その後輩が、もし俺だったら……どう、思いますか…?」
「──…」
今、どんな表情を浮かべているんだろう?
会長の顔が逆光で見えない。
ごくっと唾を嚥下する音が聞こえた。
「……ほんとか?…その、…両親いなくて…じいさんが病気で…」
「…はい」
「俺のこと、変な人呼ばわりした…」
「しました…すみません」
目をそらしてもごもご答える。
会長はそんな俺に近づいて──両手で俺の頬に手をそえた。
ちょっと乱暴な手つきに顔をしかめる。
会長は瞳に驚愕の色を滲ませて呟いた。
「……まじかよ…」
「……」
「確かにあいつもこんなしかめっ面してたな。
ふて腐れた顔していて…って……」
「な、何」
「よく考えりゃ、お前全然変わってねぇな。
眉しかめていて童顔でチビで生意気だ」
「な…っ、失礼だな!背も伸びてるし中身だって…!」
反発すると、会長が少しだけ目を見開く。その後ふっと微笑した。
「確かに…変わったな。もっと生意気になった」
「…生意気はあんたでしょーが」
「それだ。
自分の意見や気持ちを、心の中に押し込めず吐きだすようになったところ。…生意気だな」
「…っ」
会長は口角を上げて俺の髪をくしゃくしゃにして撫でる。
俺は何も言い返せず、黙ってそれを受けた。
……この雰囲気、嫌いじゃない。
なんだか心があったかくなる。
「んー…何かこれ、運命っぽいな」
「…キモ」
「何だとコラ!」
「さーせん」
身をよじらせ、会長のげんこつを回避する。
怒ってるのにちょっと嬉しそうな会長の表情。
それを見て、自分が今すべきことを思いだした。
…言わねぇと。今度こそ、絶対に。
「会長」
「き、急にどうした、真面目な顔しやがって」
「俺のこと…どう思ってましたか……?」
「あ?…ちょっと捻くれていて可愛くねぇ奴だったな。けど、何かほっとけなかった」
「そう…ですか」
「あぁ」
あれ?やべ、話終わっちまった。
てか俺、何聞いてんの?言うべきことを優先して言えよ。
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