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忘れ得ぬ3
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いつまでも降り続けていた雨が段々とパラパラと小雨になり出した空をベランダから眺めていたら
「…………もう、。」
「朝ごはん、食べていく?」
後ろからかけられた雪さんの声に振り向くと、ブランケットを肩にかけられる。
「あの、」
「見てるだけで寒そうだったから使って。そんな事より、なに見てたの?」
「ただ、外に出たくなって。」
ベランダの柵の上に乗せていた手に貼られている絆創膏が剥がれかかっているのに気づいて剥がれ落ちてしまわないように、反対の手でその剥がれかかっている部分をなぞる。
「ただ、それだけです。」
「そっか。それで朝ごはんはどうしたい?」
「今日は、朝の準備があるので遠慮します。」
「そっか。ぁ、そうだ。昨日はよく眠れた?」
「はい。」
「それなら、良かった。じゃ、寒いし戻る?それとも、もう少しここにいる?ここにいるなら何かあったかいものでも持ってこようか?」
「楪さ、」
「雪でいいよ。」
「雪、さんは…………佐藤さんのこと好きですか。」
「うん、多分、正直言うと………………凄く好きだと思うよ。でも、急に何でそんなこと聞くの?」
「ただ、それもなんとなく聞いてみたくなって、すいません。」
「そんな風に謝らないでよ。僕が、悪いことしてるみたいじゃない?」
柔らかく甘く笑う雪さんに、昨日からずっと渦巻いてた疑問がこぼれ落ちた。
「嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「名前を勝手に使ってるので。いやだと思うのが自然だと思うので。」
なのに、純さんも雪さんもそんな反応も示さない。
楪について書かれていたあの冊子で色々なことを知った。
血縁関係のことや、何故、純さんが楪を名乗ってないのかということも色々と書かれていた。やっと、落ち着いてきた純さんに取り入るかのように入り込んできた人間に、どうして笑いかけてこんな風に快く接するのか。俺を見張るためだとしてもどうにも腑に落ちない。
それとも、もしかして_____。
「佐藤さんと同じで、雪さんも誰にでも優しいからですか?」
「残念だけど、僕は兄さんとは違って誰にでも優しくはないよ。伝えてるつもりだったのにな________君は、特別だって。」
隣で、また優しく笑いかけられて全身が冷えていくような感覚とともに、顔を逸らして目線を合わすことができなくなる。
「…………っ、冗談」
「じゃないよ。考えたんだけど、そういえば、僕も君に秘密を握られてるってことだから。優しくしないとって思ってさ。僕は、見ての通りの打算的人間だよ。ってことで、やっぱり、寒いから部屋入ろっか。」
雪さんに促されるまま部屋に入ろうとした足を止めて、また、暫く、後ろを振り返って遠くの景色を見るけれど、どうしたって俺の見たかったものは見えなかった。
「どうかした?」
部屋の中から俺を見る雪さんの視線を受けて、部屋の中へと足を踏み入れて後ろ手でベランダの戸を閉めて言った。
「何でもないです。そろそろ部屋に戻ろうと思います。色々と準備に時間かかると思うので。」
「あぁ、そっか髪の色、黒く戻さないと駄目だもんね。ごめんね。僕のせいだ。…………でも、その色、君にあってるから残念だな。」
「そう、ですか。」
「うん。そうだよ。」
喉に言葉が引っかかってうまく出てきてくれない。何か詰まったみたいに、苦しいのは何でなのか。ちゃんと戻せていないからなのか、消えてくれないからなのか。無理やり寝たのに、それでも駄目だった。全然、駄目で胸の奥に渦巻き続ける。
でも、多分、きっと__________。
また、いつもみたいに少しすれば戻るだろうから。
少し、思い出しただけならば、きっと。
戻せるから。
「好きじゃ、ないよ。」
さっきまで陽が差しそうな空だったのに、また、雨が降り出した、と思いながらここから見えないものが見れるわけがないのに、それを思い描きながら遠くを眺める。雪さんに聞こえないくらい溜息をつくぐらい小さく呟いた言葉は俺の中へと重く沈み込んでいく。まるで、海の底のような暗くて寒い場所に落ちていくみたいに。
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