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罅(ひび)1
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「こんな朝早くに戻るん?」
玄関先で座って雪さんを待っていたら、後ろからかけられた声に振り返る。けれど、しゃがんだ状態で話しかけてきた生徒会広報が思いの外、近くて距離を取ろうとすると肩を掴まれて逆に距離を縮められる。
「昨日よりはマシみたいやな。新入生くん?せやけど、そんなんでホンマに隠せると思っとるん?」
昨日と同じことを言う生徒会広報から視線を逸らして答えようとすると、掴まれていた肩をトンと押されて、そばにあった靴箱の棚へと押しつけられる。
「…………な、に。」
「最初に会った時から思っとったんやけど、案外、かわええ反応するんやな。今日はその首からぶら下っとるもん握らなくてええの?」
突然のことに驚いてそれ以上の言葉を紡げずにいたら、肩から手を離したその人は言葉を続ける。
「誰もいらない思っとるんなら、他人から妙に距離取ったりする、そういうわざとらしい反応は〝心配してください〟って言うてる様なもんやで?それとも、わざとそんなことしとるん?誰かの興味を惹きたくてやっとるんやろ。」
「何のことを言ってるんですか。」
「2時ごろに起きてきて、ずっとベランダにいたやろ。俺がソファにいるのを気づかなかったみたいやけど。いや、気づかないフリ言った方がええんか。」
久しぶりに向けられた鋭く冷たい視線に鋭利な言葉に数秒固まる。それでも、多分、きっとその方がずっとマシだろう。
「多少の勘違いがあったみたいですが、他人と距離を取ろうとしたくらいでは〝心配してください〟と思われることにはならないかと思います。後、昨日の夜は夢見が悪かったので気づけなかったみたいです。申し訳ありません。」
「…………あぁ、確かに新入生くんは、友達おらへんみたいやし。他人に慣れてないだけって線を忘れとったわ。まぁ、もしも、新入生くんが他人の興味惹こうとしたとしても、新入生くんにはそんな価値あらへんから意味なんてやいろし。そう思わへん?」
目の前の人の眼鏡のフレームに映る自分が昨日よりは幾分かマシに見えて、少し安心しながら答える。
「そうですね、僕もそう思います。」
「あぁ、そうや。〝コレ〟覚えてへん?」
目の前に翳されているなんの変哲もないボールペンには見覚えがあった。買った覚えも持っていた覚えもないボールペンが鞄に入っていたから。それを、見つけたのはここ2、3日のことだった。
「そのボールペンを何で、」
「何でこのボールペンを俺が持っとるか気になるやろ?その質問の前に答えて欲しいことあるんやけど。」
「何でしょうか。」
「〝名谷はるか〟の名前に聞き覚えあらへん?」
「名谷、はるか…………?」
突然、出てきた名前に困惑していたら広報は言葉を続ける。
「どうせ、そのうち耳に入るやろから、特別に教えたる。昨日、停電の時の一瞬、新歓の時と同じ白い髪に蒼い目した奴が現れたんや。………何故か、新入生くんとそっくりな気がするんやけど、ホンマに心当たりあらへん?」
「そっくり、な………って。」
「俺が新歓の時の写真を持ってるの知っとるやろ。その写真は確かに新入生くんの顔がはっきり映っとるわけやないけど、どことなく似てると思うで。」
「そんな人は、分からないです。」
「そんならええわ。他人の空似かただの勘違いってこともあるやろしなって…………言いたい所なんやけど。どうも新入生くんは、俺との相性が悪いんやな。俺以外の他人にはそれなりに上手くできとるみたいやけど、俺の前やと途端に下手になる。」
骨が軋む音が聞こえるのではないかと思うほどに、顎を掴まれていつのまにか下を向いていた顔をあげさせられる。
「嘘なんて言ってませんよ。」
「俺も、嘘とは言ってへんよ。ホンマは知っとるん?」
「〝名谷はるか〟の名前も、勘違いだとは思いますが、そっくりな人のことも本当に知らないです。なので、離して頂けますか。」
「イヤやけど?」
わざと力を入れているとしか言いようのない、広報の行動に一瞬、目蓋を閉じて深呼吸を落としてから目を開ける。
「〝いたい〟って、言わへんの?それなりに、痛くしてるんやで。昨日も、新入生くんが足痛めてるの分かってて無理やり歩かせたし、会長の部屋に入れてわざとその格好で会わせた。それに対する文句も何もないん?」
「特に、ないです。なので、離して頂けますか。」
「あの風紀委員長は、新入生くんみたいなの好きそうやな。」
「急に、何の話ですか。」
俺の言葉を無視して、また、別の話を始める広報に困惑していたら広報は目を細めると顎を掴んでいた手をパッと離す。
「新入生くんみたいなのに弱いってことや、風紀委員長は。あぁ、そうや_______ボールペンの件とその他諸々で話したいことがあるから、放課後に特別棟の音楽室まで来てくれへん?」
「今、話せないことなんですか。」
顎の骨から鈍痛のようにジワリと伝わってくるその感覚があるけれど、気にするほどのものでもないため広報に問いかける。
「今は、時間切れや。」
広報が視線を部屋の方へと向けるので、同じように視線だけ追うとガチャリと雪さんがいる部屋の扉が開かれる。
「けど、その前に。ちょっと、保険や。」
広報が俺の顔へと手を伸ばしてくるのでついさっきの件があるため避けると、その伸ばされていた手が、あと数センチで触れそうな所で止まったかと思うとその手が下されて耳元で囁かれる。
「そうそう、新入生くん。むやみやたらに他人に近づくのはよした方がええで。保健室みたいなことになりかねないんやから。」
一瞬、何のことを言われたのか分からなかったけれど、少ししてから風紀委員長のことだと理解する。
「何のことをおっしゃって、」
「あぁ、そうや。これが、保険や。」
目の前に突き出された広報が握る拳が開かれて、その中から溢れるように落ちてきた指輪のネックレスを見て数秒固まる。そして、首にかけていたはずの指輪のネックレスがないことに気がついて広報のいう意味が分かった。
「そうゆうことやから、今日の放課後、。」
「それは、駄目______ですっ。」
俺がそれを取り返そうと手を伸ばしたら、広報が立ち上がって遠ざかる。
「なにしてるの?瑠夏。」
広報の後ろから顔を出した雪さんが首を傾げながら広報に尋ねる。
「何もあらへんよ。ただ、雪と違って俺には何かを一緒に隠す理由があらへん。せやから、その話を含めてその他諸々の話のための〝保険〟の話をしてただけやで。せやろ、新入生くん?」
広報のその言葉には全てを黙っておいて欲しいなら〝大人しく従え〟という言外の意図が含められていた。
「そう、でした。」
「本当に、それならいいんだけど。ぁ、そうだ。帽子、見つかったよ。はい、キャップね。」
雪さんからキャップを受け取って、ソレを持ったまま動かずにいたら雪さんに声をかけられる。
「どうかした?」
「ぁ、すいません。何がですか?」
「じっとキャップ見たまま動かないから。どうかしたかなと思って。そういえば、服乱れてるけど大丈夫?」
袖が肩から落ちていたパーカーを元の位置にもどす雪さんに尋ねられる。広報の言動から推測すると、放課後になればその手の中にある指輪のネックレスが返されるなら話すようなことでもないと思って大丈夫だと口を開こうとしたら、広報が俺の持っていたキャップを取って言った。
「そりゃ、新入生くんは寒くて震えてるみたいやからな。何かはあったと思うで。」
広報は俺から取ったキャップを俺の頭に被せると、雪さんにも聞こえないように告げられる。
「放課後、音楽室。〝保険〟やから堪忍やで。………あぁ、後。嘘を言うならまずはその手が震えてるのを隠してから言うべきやと思うで。」
それだけ言って、部屋から出て行った広報の言葉に身体を動かせずにいたら雪さんによってパーカーのフードを被せられて顔をあげる。
「後で、__________。」
「雪、さん?」
雪さんが呟いた言葉が聞き取れずに雪さんの顔を見ると、無表情のような怒っているかのような雪さんのその表情に名前を呼ぶと、甘い匂いがする雪さんは穏やかな表情をしながら言う。
「どうかした?ぁ、寒い?外にいたからだと思うけど、部屋に戻る前に何か作ろうか?」
最初に会った時から思っていた、見透かされそうだと。
全部を、見透かされてしまいそうで_________。
「雪、さん。少し、寒いみたいなのでもう少しここに、。」
〝真実〟も〝嘘〟も、全部を暴かれてしまっているのではないかと思ってしまうから。
多分、不安で不安で仕方がないんだと思う。
「やっぱり、何でもない。すいません。」
「もう少し、ここにいて。瑠夏の言ってた通り寒いみたいだし。」
「…………すいません。」
〝震える〟。
早く、コレが消えるようにと服の裾を掴みながら答える。
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