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罅(ひび)5
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雪 side
鶯谷先輩がいなくなった後、朝食を取る気になるわけもなく、注文の取りやめをして食堂を出る。そして、食堂のある地下から一階へと上がるとただ事ではないそのざわめきに眉を寄せる。
そして、その話題の中心に視線を這わせると
誰かが大きな怪我をしたらしいことは、ピクリとも動かずに横たわっている生徒のその様子から分かった。
けれど、その生徒のそばにいるのが黒河だと察した瞬間、一気に興味が失せて自分の部屋に戻ろうとエレベーターへと足を向ける。
「ユキサマ!」
暫くぶりに聞くその声に、諦め半分煩わしさ半分のまま振り向くと目をキラキラとさせたまま僕を見ている子が立っていた。
「ユキサマ!お久しぶりです。ずっとずっと、会いたかったです。」
「あぁ、そう。」
「もしかして、ユキサマ。具合がお悪いんですか?それなら、おぶりましょうか。ぁ。も、もし、宜しければなんですけど。」
僕は、会いたくなかった。
何せ、僕の長年のストーカーだから。
さっき鶯谷先輩に言われた通り、興味のないものには覚えていないことが多いほど僕は冷めている。昔から、確かにその気があった。それは否定しない。けれど、僕がここまでドライになったのはコレのせいだ。
最初、同じ服を着てるまでは、まだ可愛かった。
けれど、次第にご飯に髪に、持ってる私物と段々とエスカレートしていったのだから。目の前の人間に感じるのは、恐怖と気持ちの悪さしかない。
それを僕は言葉で、行動で示しているつもりだけど伝わる気配はない。
「あのね、前から言ってるけど、」
「あ!そういえば、そこに倒れていた子がユキサマの持っているパーカーと同じものを着ていたんですけど。アレって、滅多に着ない服ですよね。ユキサマかと思って、つい、」
「…………今、なんて?」
ゾワリと悪寒のようなものが背筋を駆け抜けて
力任せに目の前のストーカーくんの肩を掴む。
「ぇ、っと、滅多に着ない?」
「その前っ、!」
「さっき倒れていた子がユキサマの服を着ていて。でも、ユキサマの持ってる色ではありませんでした。それに、青色に黒っぽい柄の模様で着てるってより腕に巻きつけてる感じでしたけど、」
「…………っ、。」
思わず掴んでいた肩から手を離して、後ろを振り返る。だけど、さっきまでそこにいたはずのあの人垣どころか横たわっていた子もそのそばにいた黒河もいなくなっていた。
「どこ、に………。」
「ユキサマ、あの。」
「何っ。後にして。今は、君に構ってる時間は、」
「外です。さっき運ばれてた子なら外の車に運ばれて行きました。」
目の前のストーカーくんの言う通り、寮のエントランス前に車が停まっていた。その車めがけて人にぶつかるのもどうでもいいと走ると、黒河がちょうどその子を車に乗せ終わった所だった。
「僕も、乗せて_____くださ、」
途中までするりと出てた言葉は、ぐったりと横たわっている人を見て消え失せた。
「………雪?悪い。急ぐんだ。」
一つは、春くんだと思っていたその人が、全くの別人だったから。
もう一つは、過った過去が、思い出した噂がある一つの過程を生み出したから。
【天宮晴は、誰かを庇って死んだ】
遠ざかって行くエンジン音を掻き消すように、降り続ける雨が最悪のシナリオをなぞっているようで、気色悪く響いた。当時この噂が流れた時は、気にもしなかった。もしも、一緒の事故にあっていたのなら、〝はるさん〟と同じように病院に運び込まれているはずだから。根拠のない噂だと思っていた。
「探さないと。………今すぐに。」
「ユキサマ?」
「ねぇ。君のお願い叶えてあげるから、僕のお願いも聞いてくれない?」
「も、勿論です!何ですか?」
「今、通話できる端末を持ってる人、知らない?できれば長い時間、貸してくれる人で。」
見ず知らずの人間が、他人の端末を借りるのなんて不可能に近い。緊急用連絡先を使いたいけど、アレは緊急連絡したその端末での通話の内容を録音される上、大体の位置把握機能がついている。おまけに、後で、3年の学年主任と使った理由を簡単に説明する面談を行わなければいけない。
だったら、今、通信遮断中でも使える風紀委員の端末を使いたい。だけど、知らない相手から端末をかしてくれと言われて簡単に貸すとは思えない。短い時間じゃないのなら、尚更。
「端末………。ぁ!います!!」
「だれ?」
「あの、ユキサマを双眼鏡で見つめている時に見たんですけど。風紀委員じゃない人が通話してて!確か、赤い髪の人で。3年生の………」
「それって、赤木?」
「そうです。赤木って人です!!」
あの先輩は本当に、明らかに怪しい行動をしてくれてありがたいな。後は、探すだけだけど。どうせ、この時間はまだ寝てるだろうから。
※
雪side
「なので、先輩。その端末、ください。」
「雪。テメェ、調子のんのも大概にしろよ。俺らがいなかったらお前ら中立派は、」
「中立派は、アンタらの言うことを聞かざるを得ない。なんて、勘違いしてませんか。」
「勘違いも何も、これは会長をリコールする時に決めた取り決めなんだよ。お前がそれを乱せるわけがないっつーのに。」
「青星 龍(あおほし りゅう)は、知ってるんですか。アンタらが勝手なことしてるって。この件だけじゃなくて、この前の地下室の件のことも。」
「っ、そんなの、今、関係ないだろ。」
一瞬、赤木の動揺が垣間見えた。
「ありますよ。僕はただ、使える端末を貸して欲しいだけなんですよ。それを使って赤木先輩をどうこうするつもりなんてない。ただ、貸してくれないのなら青星(あおほし)に告げ口ぐらいするかもしれないけど。先輩も勝手なことをしたって知られたくはないですよね。」
「は。今まで、本当は知ってるのに見ないふりして、腰まくって逃げてた奴がどの口で言ってんだ。お前。俺たちが握り潰した事件も何もかも本当は、知ってんだろ。なのに、」
「それが何です?わざわざ僕が助けなきゃいけない理由が分かりませんね。それも、」
_______平気で、裏切るような奴らなのに。
と、喉まで出かかった言葉を押し込める。
「それも、何だよ。」
「それも………何の関わりもない赤の他人を。僕が助ける義理はない。でも、今は………状況が違うんですよ。あの地下室の時みたいに。今の僕は傍観してるだけじゃないのは身をもってご存知ですよね。正直、自分でも何するか分からないので、さっさと、端末くれませんか?」
「誰が、」
「地下室の件、青星(あおほし)に知られたいですか。ただでさえ、アンタらのリーダは、余計なことをされるのは嫌いなタイプなのに。あの地下室でしたことに、アンタらが関わってることが露呈してないのは何でなのか分かっているはずですよね。」
会長付親衛隊隊長は、風紀委員長によって
その行き過ぎた行為によって
罰則をくらった。だけど、河井颯斗達は深く関わっているはずなのに、何のお咎めもなしだった。
まぁ、春くんが風紀に地下室でのことを河井颯斗のことを何も話さなかったことが要因なんだけど。大事(おおごと)にしたくないと望むのならばと、僕も何も話さなかった。
「………っ、。」
一度、ダンと扉を殴った後で
その端末を投げつけるように渡してくる。
「どうもありがとうございま、」
一応と、お礼を言っている際中に
振り被るように腕を振り下ろそうとしてくるその姿が妙に、スローモーションに見える。このまま殴られるのも悪くない選択肢だと思っていたけれど、こんなのに殴られるのはごめんだと避けようと後ろへと下がったその時、赤木と僕の間に誰かが入り込んできてその誰かが吹っ飛んだ。
赤木と僕が、その突然の出来事に
言葉を発することができずにいたら
ぴょんという効果音がつくのではないかと思うほどに勢いよく飛び起きた誰かは自分の端末を手に取って自分の顔を連写し始めた。
その後ろ姿を見て、何でまだここにいるのかと思いながらも、その腕を掴んで無理やりここから離れようとした所で、赤木に呼び止められる。
「おい。」
「何ですか。」
「準備ができたら、すぐに、高みの見物してるお前から引き摺り下ろしてやるから覚悟しとけ。」
「ユキ………っ、」
赤木に対抗しようとしているのか、今にも食ってかかりそうになっているその口を塞ぎながら赤木に向けて答える。
「先輩が卒業する前に、その準備ができるの楽しみにしてますね。」
赤木の部屋の前から立ち去り、この時間には人がいないだろうと推測して休憩所に入ると、案の定、誰もいなかった。
受け取った端末に、電波のマークが立っていることにひとまず安心して、瑠夏の番号に電話をかける。
3コール目で、瑠夏がやっと出た。
「瑠夏、」
『誰かと思ったわ。ちょうどええ、雪。急ぎであの新入生くんの替え玉頼むわ。替え玉を用意できたなら、白鬼の件は、全部、終わりそうやから。せやから、頼むで。』
「それ、どういう……」
瑠夏は、それだけ言うと通話を切ったらしく
ツーツーという通話が終わった後の無機質な音声が耳に響く。
「いつもいつも…………。替え玉なんて簡単に見つかるわけがない、」
もう一度、かけ直そうかと思ってやめた。
経験上、電話に出ないことは分かっていたから。
「〜〜〜〜っっ、んん。ふ、ふきはまっ!!」
苦しみ悶えるような声が耳に入ってくると、驚きつつも手をパッと離す。
赤木の前で口を塞いでから今の今まで、ずっと、口を塞いでいたのを忘れていたらしい。
「ぁ___!ごめん。大丈夫?」
「………こ、光栄です!」
「え?」
「ユキサマに口を塞がれるのさえ、光栄なんです!!」
「何言って。そんなことより、ほっぺた赤くなってるからすぐ冷やそう。」
そこで初めてちゃんとそのストーカーくんへと視線を向ける。顔も隠れるくらいの長い前髪に、あの子と同じくらいの身長。何故か、分厚い眼鏡まで一緒だった。
前は、こんな子だったっけと思いながらもストーカーくんに尋ねる。
「ねぇ、君って。身長何センチ?」
「え、は、はい!………171センチで、あ、あります!!」
「あります、って………。あのさ、君のお願い何でも叶えるから、僕のお願いもう一つだけ聞いてくれたりする?」
「な、何でも………ですかっ、!」
「うん。何でも。」
喋り方は、1日とかなら、何とかなる。
身長は少し低い気がするけれど、靴に何か仕込めば問題ない。後は、理由は分からないけれど僕を執拗に追いかけてくるこのストーカーくんがこの誘いに乗ってくるかどうか。
今は、目の前の子に気味の悪さを感じていることは忘れよう。
選り好みをしている時間はもうないんだから。
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