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記憶の雨3
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No side
「それは、僕が決めることですから。貴方には関係ない。」
「美音。俺の話を、」
「僕が誰と付き合うかは自分で決めます。………なので、勝手な憶測で決めつけて、僕の知り合いを悪く言うのはやめてくれませんか。」
「俺が言いたいのは、……あの子は、あまり………良い人じゃない、かもしれなくて、」
宵は、その声の主が矢井島美音だと見当をつけ
ドアノブに手をかけたのだが、その会話の内容を聞き
その場所から離れようと手にかけていたドアノブを離した。
幼馴染である矢井島美音と一色蓮司の間で
何かが起こった。
それ以降、この2人は学園で一緒にいることがなくなった。
学園に来たばかりの宵も知っていた。
詳しく言うならば、朱門すずめによって、もたらされた情報だ。だけど、その理由の詳細は誰も知らないようだった。
会話の内容から、その2人が話しているのを察した宵は、バレないようにこっそりと後ろ向きに歩いていく。
「彼と………………佐藤蒼くんと付き合うのは、もう、よした方がいい。」
「僕は、貴方が僕のことが気に食わない人と付き合おうが何も思わなかったし、何も言わなかった。それを踏まえた上で、」
「白石くんの件に関係してる可能性がある。」
宵は、その話を耳にした瞬間に
休憩室から遠ざかりかけていた足を止める。
「だから?」
「だからって、つまり、」
「そうですね。佐藤くんは、善良な人じゃないかもしれない。だけど、佐藤くんが良い人じゃなくても、僕にとっては貴方よりは尊重できます。」
扉越しであるにも関わらず、宵は2人の間に空気が張り詰めていく感覚を感じ取った。
「僕と話しても楽しいことなんかないのは、もう身に染みて分かっているでしょうから、書記様、もう僕に構わないでください。………………最悪な日のことを思い出しなくない______僕は、初恋の人の代わりになるつもりはありませんよ。」
扉が開かれる気配を察して、咄嗟に、宵は身を隠した。
そして、その直後に美音が休憩室から出て行った。
「最悪な日、か。」
言葉だけ取れば一色を傷つけるような言葉だった。
だけど、立ち去った美音の横顔は傷つけられた表情を呈していた。
「矢井島くんは、どっちかな。」
誰かに傷つけられた為に、そんな表情をしているのか。
それとも
誰かを傷つけたくせに、そんな表情をしているのか。
宵は
襲いくる最悪な日の記憶達から
目を逸らすように目蓋を閉じた。
カッター。
血痕。ガラスの破片。
雨。サイレン。
複数の手、手、手。
宵は手首につけられたリストバンドがズレているのに気づき、リストバンドの間から覗く色濃く残った傷跡をそっと覆い隠した。
「壊したのは〝僕〟じゃない〝君〟だよ。」
※
No side
20分後、急ぎ足で帝が風紀室に戻った直後。
雨に濡れた帝の顔色を見た白によって帝は、風紀室に備え付けのシャワールームに押し込められ、あれよあれよという間に制服から学園指定のジャージに着替えさせられていた。
そして、タオルで濡れた頭を拭いていた時だった。普段は、ほとんど使うことのないドライヤーが目に入った。
「なぁ、白。2年の雪、分かる?」
「うん?あぁ、うん。知ってるけど。………どうしたの?」
「いや、ドライヤー見たら思い出して。俺は、結構、本気で雪は鉄仮面だと思ってたんだけど、意外とそうでもないのかなと思ってさ。」
「みーちゃん。………それ、本人に言ったら怒られるよ。………けど、あんまり怒ってるの想像できないや。誰かと喧嘩することとかなさそうだなぁ。」
「雪を怒らせたら、怖いから気をつけた方がいいよ。編入してきて、1週間位した頃だったかな、雪を怒らせたことがあったから。」
「みーちゃん。………何したの?」
「いや、俺が何かやらかした訳じゃなくて………勘違いさせてって感じだったんだよ。けど、あの時はめちゃくちゃ怖くて、人は見かけに寄らないなって思ったよ。」
そして、欠伸をしながら3人がけのソファーの肘掛けに腰を下ろした帝がドライヤーのコードでくるりくるりと弄んでいる様を白は黙って見つめていた。すると、すぐに帝は睡魔に襲われうつらうつらと船を漕ぎ出した。
「………っ、ぶなかった」
一瞬、意識を飛ばした帝は床へと叩きつけそうだったドライヤーをすんでのところで受け止めて、呟く。
「みーちゃん、今日はもう寝ようっ。」
「………ダメ。仕事も残ってるし、勉強もまぁしないとだし、な。」
眠気に襲われながらも
溜まりに溜まった風紀の事務仕事の山に手をつけようとした帝だったが、白によって止められる。
どうしたらいいものか、と視線を逸らした先に
白猫のリアが眠っているのを目に留め
ぽつりと帝が呟く。
「白はさ。自分が思っている見解と、周りが思っているその人に対する見解があまりにも違うことってあった?」
「さっきの話の続き?………さっき、みーちゃんが言ってた通りなんじゃない?人は見かけによらないもんね。」
「それなら、俺が、疲れてると白は思ってるみたいだけど、他の人が俺を見た場合、もしかしたら疲れているなんて思わな、」
「それはない。どっからどうみても、みーちゃんは今にも眠りそうな人だよ。……………………もしかして、みーちゃん。また、見つけたの?」
「何が?」
「ほっとけない子を見つけたんでしょ。」
白の言葉に、帝は目を丸くさせ
後ろ髪を軽く掻きながら答えた。
「………………いや。そう言うのじゃないって。」
「それならいいけど。………みーちゃんが、変なこと言う時は大体、かなり、確実に、大丈夫じゃない子を見つけた時だからさ。」
「それは知らなかった。」
「適度な距離を保たなきゃダメだよ。今度は。」
「何だよ。その意味深な言い方は」
「それより!………みーちゃん、僕の言いたいこと分かってるでしょ?話逸らしても、ダメだよ?」
白の態度から〝休んで欲しい〟と、伝えているのは
言葉にされなくても帝は充分分かっていた。目の前でドライヤーを落としかけるほど、眠そうな人間がいたら自分もそうするはずだろうから。
「白。………今年ももうすぐ、夏になるな。」
ピクリと肩を揺らした白の姿を捉えた帝は
自身がとても卑怯なことをしようとしている事に気づき
思わず笑いそうになっていた。
「俺にとって、起きてるより寝てる方が辛いこともあるんだよ。………確かに、白は俺のことをよく知ってるはずだ。だけど、俺たちがそうやって勝手に理解した気になった結果は最悪のものだった。だから、俺の言いたいこと分かるだ、っっ、」
突然、帝の顔面目掛けて白がクッションを投げつけてくる。
「ソレ。僕が、みーちゃんを勝手に理解した気になってるから、余計なこと話すなってこと………?」
「いや。俺は、ただ、」
「莉亜ちゃんを引き合いにだして、何もいえないようにするなんて酷いね。…………僕だって、夏は一番、大嫌いだよ。こんな雨の日に言わなくてもいいのにっ………………っ!!」
蚊の鳴くような小さな声で言葉を吐き出した白は、くるりと踵を返すと、風紀室から出て行った。
「待っ……、」
_________ガチャンっ。
「は?」
白が風紀室から出て行ってすぐ
扉の錠をかけたような音が鳴り、ジャラジャラッと金属の音が鳴っている。
扉の取っ手を掴み、押しても引いてもガチャガチャっと音が鳴るだけで微動だにしない。
何度声をかけても返事どころか
扉の前に誰の気配も感じないのを悟った瞬間に
帝は、完全にこの部屋に閉じ込められたのだと悟らざるを得なかった。
「カーナーリ、手荒だね。キヨくん。」
「いいもん。別に、みーちゃんに比べれば、可愛いものだもん。」
「ふむ。確かに、そうだネ。けど、アレダヨ。帝もキヨくんも、面倒くさいネっ。」
風紀委員の軽やかな口調で緩和されているが
面倒だと言われたことに、白はむっと口を尖らせた。
「みーちゃんは、僕の数百倍面倒だもん。」
「ふむ、確かに。帝は、代替品を永遠に探してるモンね。いつか見つかるとイイね。」
「………知ってるくせに。」
「何が?」
「ふん。いいもん。そういえば、白石くんの件は、…………………その指輪、どうしたの?」
白は、風紀委員の首から下げられたネックレスに連なる
見覚えのある2対の指輪を見つめた。
「コレ?コレはネ。貰った指輪だよ。」
「誰に貰ったの?」
「誰にって、それは勿論。」
風紀委員の言葉の続きを遮るかのように
携帯電話の着信音が鳴った。
風紀委員は、その着信画面を見つめると
手を振って白から離れていった。
「あの白い鬼さんと同じ指輪だ。」
一つは、小さな宝石がついた普通の指輪。
だから、そんなありふれた指輪であればそこまで不思議に思うことはない。
だけど、もう一つの指輪は
シルバーの指輪上に、何かの花の絵が繊細に
煌めく赤色の線で刻まれていた。
はっきりと視認できていたわけじゃないが
あの風紀委員の指輪にも花の絵が描かれていた。
「偶然?」
見覚えのある指輪をした人が
周りに2人いるのは、不思議なことだろう。
だけど、白にとってはそんなことは瑣末なことだった。
あの白鬼と交わした約束さえ守られるのならば。
「まぁ、いっか。………そういえば、あの鬼さん。僕との約束を覚えててくれてるかなぁ。」
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