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今と未来
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バレンタインなんてリア充のイベントで、モサモサとした髪に洒落っ気もないメガネをかけて、ポッチャリしたオタクみたいな俺には縁もゆかりも無いイベントだ。と思っていたのに社会人になってから、このイベントが実に面倒な催しものだと言う事気付かされた。
カバンに入っているお情で配られたチョコ。それに一喜一憂してたのも遠い昔の話で、今はお返しに算段をする女性陣に気を使う最も忌み嫌うイベントと成り果てた。
こんなイベント見たくもないのに、最近ではコンビニですら特設コーナーが、設けられ大きな顔をしている。
ああ~。帰ったら適当にネットでそれなりの物をお取り寄せしよう。
そんな事を思いながら、部屋の鍵をカバンから取り出していると。
「コーダイ!」
「うわっ……!」
隣に住むクソガキが俺にタックルを決めてきた。
「虎太郎、テメェ……」
「あははっ!びっくりした?」
虎太郎と知り合ったのは数ヶ月前。その時は今にも泣き出しそうな顔で、俺に飛びついてきて、お母さんがと仕切りに繰り返すから、事情を聞いたが拉致があかず、家に入れてもらったところ。ぐったりとした母親が部屋に倒れており、察した俺が看病したのがきっかけ。なんでこんなおんボロアパートに?と思ったら、母子家庭だそうで、専業主婦だった母親は社会に出て、慣れない仕事や人間関係に少し疲れていたところに、盛大に風邪をひいたそうだ。
それから、お礼だと言って分けてくれたおかずがあまりにも絶品で褒めたら、なんやかんやでお裾分けしてくれて。かと言ってそれを毎回喜んで、いるが。喜んで受け取るわけにもいかず、断ったら、虎太郎に遊びに連れて行ってくれとせがまれた。
母親と虎太郎と俺。まるで家族の様に歩く俺たち。もう、これは恋に発展じゃね?っとは非モテな俺らしい発想で。もちろん、今でも良いお隣さんをしている。
「航大。ハッピーバレンタイン!本命なんて貰えないおじさんに、オレから特別なチョコをあげるね!」
「おじさんだと?」
「10歳のオレから見たら、26歳なんて、おじさんだよ?」
「じゃ、お母さんもおばさんだな」
虎太郎の母親は確か31歳。
「お母さんは、お母さんだよ?」
キョトンとした顔で、俺を見上げる虎太郎にため息が出る。
「そうかよ……。生憎、今年は新人の可愛い子からチョコを貰ったから間に合ってる」
それに俺は甘いものがそんなに好きではない。3つも4つもいるか!
「え……?それ、本命チョコじゃないよね??」
明らかに困惑した表情。えぇ、えぇ。本命じゃありませんよ。義理ですよ。新人教育の「お礼に」ってはっきり言われましたよ。
「航大は、その子が好きなの?」
「いや……。つうか、寒い!中入るぞ」
「うん……」
部屋に入って直ぐに暖房をマックスでかける。二階とは言え、木造アパートは室内でも息が白い!
「……航大、その子と付き合うの?」
付き合うとか、最近の小学生は普通にそんな事言っちゃうのか。
「そんな事、虎太郎には関係ないだろ?」
「あるよ。だって、これ、本命だから……。お母さんと一緒に作ったんだよ」
そう言ってぎゅっと握りしめていた箱を俺に差し出してくる。
えぇ~。マジですか?ほのかに恋心を抱いていたのは俺だけじゃなかった。やばい。とうとう俺も彼女持ち。そして子持ち?
「受け取ってくれる?」
「おお!もちろんだよ!」
ホワイトデーはお返しに指輪送っちゃう?早い?
「本当に?ホントのほんとに受け取ってくれるの?」
「当り前だろ~。こんなにうれしいバレンタインは初めてだよ!」
虎太郎も懐いてていい子だし。うん。問題ない。俺、頑張って虎太郎のお父さんになるよ!
「こーだいーぃ!」
感極まった虎太郎が半べそで抱き着いて来る。
そうか、オレがお父さんになるのが嬉しいか!照れるね。
「嬉しいよ~。本当に受け取って貰えるなんて思ってなかったから、嬉しい!航大、大好き!」
そう言って、虎太郎が起こした行動に頭が混乱する。そう考えてもキスしてる。口がくっ付いてる!
「ちょっ……。虎太郎……」
俺に引き剥がされた虎太郎は、キラキラとした目で俺を見つめ。
「これで、オレたちは恋人同士だね」
そう、ほざいた。
「まてまてまてまて。!なんて言った?」
「オレ達は、相思相愛。恋人同士」
弾んだ声でそう言う虎太郎が理解できない。
「いやいや、いやいや……。おかしいだろ?」
つか、相思相愛とか。難し言葉知ってるな。
「どうして?航大。オレからのチョコ受け取ったでしょ!」
「いや、そうだけど。あの話の流れから言って、お母さんからだと思うだろ?」
「はぁ~?なんで?オレ、初めから本命チョコだって言ったよね?」
わなわなと体を震わせて起こる虎太郎に頭痛がする。
「普通に考えて、本命って言われたら女からだと思うだろ?それに、虎太郎がお母さんと一緒に作ったチョコで、虎太郎からのチョコとは言ってない!」
子供相手に何をムキになってるんだと思うが事実は事実だ。ぴしゃりと言った俺に、虎太郎は頬を膨らませる。
「へ、屁理屈だ!そんなの屁理屈だよ!航大は、オレからの本命チョコ受け取った!オレたちは恋人同士なんだから!もう、返せないんだからね!」
屁理屈って。その通りなんだけど。何でそんな難しい言葉知ってるんだよ?
「勘違いで受け取った物は無効です~」
「は?なにそれ。そんなのずるいよ!それに、一回受け取った物を返すのは失礼なんだからね?」
うん。大変良く、教育が行き届いていらっしゃって……。
「だから、もうダメ!航大はオレからのチョコを受け取ったの!返せないの!」
そう言って、虎太郎はもう一度俺にチョコを押し付けてくる。その手は微かに震え、虎太郎の言っている恋人同士がどういった意味を持っているのかは分からないが、少なくとも勇気を振り絞って、こんな行動に出たのは間違いないらしい。
「わかった、受け取る。でも、恋人同士でも、相思相愛でもないからな!」
「なんで!」
「なんでって、虎太郎は子供で、俺はおじさんだからだ!」
あ、自分で言ってダメージ受けた。
「なら、大人になったらいいの?」
「よくはないが……。大人になってもそう思ったなら、まあ、自己責任だな」
「大人っていくつ?」
「二十歳かな……」
「なら、二十歳になるまで待ってて!」
「おお、大人になっても本気でそう思ってたら、チョコ持ってこい。受け取ってやる!」
どうせ、子供の発言だ。いつかは忘れる。
「まあ、また、どっか連れてってやるよ……」
「デートだ!」
「ちげぇって言ってんだろ?」
翌月、虎太郎が水族館に二人で行きたいと言うので、連れて行った。手を繋いでほしいいと言われ、ちょろちょろどこかに行かれても困るので、繋いでやると嬉しそうに笑い。イルカとの記念撮影した写真を、大喜びして宝物だと言って大切そうにカバンにしまう。
傍から見たら、兄弟。いや、親子だろう。
それからも、ちょくちょく虎太郎を遊びに連れていき。それから暫くして、虎太郎は母親の再婚が決まって引っ越していった。
あれから八年。俺は、未だに同じ部屋で一人暮らしている。別に虎太郎を待っているわけではない。ただ、彼女もできず引っ越すのも面倒でずるずるとここに居るだけ。
そんなアパートも今年、取り壊しが決まった。
そして、今年も恒例の義理チョコを持って帰宅すると、部屋の前に男の子がうずくまっている。その子は、俺の足音に顔を上げると、ぱっと目を輝かせ、抱き着いてきた。
「航大!」
「こた、ろう……?」
「うん!オレ、こっちの大学受験したんだ。で、一人暮らしするのに部屋探してたら、このアパートが取り壊されるって知って……」
虎太郎は、そう言いながらカバンから小さな箱を取り出すと、大きく息を吐き出し、まっすぐに俺を見つめる。
「航大。二年早いけど、オレからのバレンタインチョコ。受け取ってくれる?」
「生憎、義理チョコは間に合ってる。つうか、寒い。中入るぞ」
どれだけ待ってたのかは知らないが、鼻を真っ赤にした虎太郎が、俺の後ろをついて来る。
「本命だよ。今回はちゃんとオレ一人で作ったんだ。だから、受け取ってください。お願いします!」
頭を下げて差し出す箱は、やはり震えていた。
***
オートロックを潜り、エレベーターに乗って、目的の階へ到達すると、角部屋のドアが開く。
「どうぞ、こちらです」
スーツの男がやうやうしく開いたドアの中には、シューズケースに、洗浄機能付き便座。お風呂は追焚き機能までついている。凄い。
そして、リビングは二面彩光で、電気をつけなくても十分に明るく日差しが入り、そして広い!
ボロアパート暮しをしてた俺からしたら、どこも天国みたいなものなのだが、これは凄い。
「航大。ここ良いよ。オレ、ここがいい!」
「はしゃぐな!」
リビングと同じく南に面したベッドルームのクローゼットを開け閉めしたり、もう一つの部屋に行ったりと世話しなく動く虎太郎が嬉嬉としてそう叫ぶ。
かなりの予算オーバーだが、虎太郎が気に入ったのなら仕方ない。
「ここに決めます」
そう、俺達は今、新居を探している。
……おしまい。
閲覧ありがとうございました。
お疲れ様でした。
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