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思惑.4
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ーーーー結局そのまま、2人とも何を言うこともなく、帰途について。
「おかえり」
ドアを開けるのと、ほぼ同時に投げかけられる挨拶。
最初はむず痒くて反応に困っていたそれにも、今ではもう随分慣れてしまっていた。
「……ただいま」
小さく零す間にも、足音はこちらに近付いてくる。
「晩飯、できてるぞ。もし風呂が先がよかったら……」
そして、いつも通り淀みなく紡がれていた言葉が、突然途切れた。
そして。
「……なにか、あったのか?」
心配そうな瞳に、見つめられる。
「……なんもねぇよ」
そんなにも、わかりやすかったのだろうか。
胸の中に渦巻くもやを見透かされるのが嫌で、とっさに目を逸らした。
そのままめを合わせることなく、横を通り抜ける。
「!」
けれど、その腕はいとも容易く絡め取られて。
「……嘘、つくな。なんもねぇわけないだろ」
無理やり、視線を合わせられる。
言葉の強さに反して、その瞳は攻めるようなものでも、追い立てるようなものでもなく、ただただ俺のことを案じていた。
その瞳に、安心感を覚えるようになったのは、その瞳に見つめられることになれたのは、いつからだったんだろうか。
ついこの間まで、いつだって俺に噛み付いてきた筈のこいつは、今ではいつだって、嘘みたいに俺に甘い。
気付かなくていいような小さい傷まで拾いあげて、差し伸べる必要のない手を差し伸べる。
そうして与えられるそのぬるま湯みたいな心地よさに、俺はすっかり慣れきってしまっていた。
「たいしたことじゃ、ねぇ」
最後の意地とばかりに吐き捨てた、その言葉さえ、弱々しくて、かすれていて、情けない。
こんな見え透いた強がりなら、しない方がよっぽどましだ。
「…………そうかよ」
それでも、せずにはいられなかった。
恐ろしかった、自分の変化が。
今この瞬間でかえ、このぬるま湯に浸って、全てを吐き出したらどんなに楽だろうと、そう思ってしまっている。
ーーーーそれじゃあ、これ以上ぬるま湯に浸り続けたら、俺は、一体、どうなる?
だから、これは、最後の理性で、盾だ。
俺が、俺であるための。
「てめぇは過保護すぎんだよ、考えすぎだ」
それなのに。
「お前相手に、考えすぎってことはない」
お前は、その形ばかりの盾さえ、許してくれない。
今度は有無を言わさず、絡め取られた腕を力強く引かれた。思わずよろければ、そのままずるずると引きずられていく。
「ッ…………?!おい、」
「うるせぇ。ちょっと黙ってろ」
そうして、辿り着いたのは、真っ暗な寝室で。
「っ!?」
そのままベッドに無造作に投げ落とされた。
「お前、問いただしたところでどうせなんも喋らねぇだろ。ならもうさっさと寝ろ」
「は!?ふざけんな、俺はまだやることがあ、ぅぐっ?!」
抗議の声をあげる口ごと閉じ込めるように、抱きしめられる。
「!!」
はなせ、と、そう紡いだ言葉も、その肩に阻まれた。
「とりあえずお前は無理しすぎなんだよ。
お前が人より優秀なことはわかってるけど、そんなんじゃいつか壊れんぞ」
そんなヤワなわけあるか。
そう思うのに、事実この腕に、あっさり収まってしまっている自分が情けない。
「そもそも、無理してないって思ってることが既におかしいんだよ。
もういいから、とにかく休め。言えないならそれで良いから、せめて今くらい全部わすれて、心の底から、休め」
大丈夫だから。
だいじょうぶ。
その言葉は、何度も何度も、安心させるように、優しい声で紡がれて。
それと同時に、今度は背中に回された手が、とん、とん、とリズムよく背を叩く。
抵抗しても、押しのけようとしても、びくともしない腕。
諦めて全てを委ねれば、わけもわからないまま渦巻いていた不安が、遠ざかっていく。
それが逃避でしかないとわかっているのに、得られた安心感に、体から力が抜けていって。
そうして初めて、自分の体が強張っていたことに気づいて。
そのころにはもう、伝わる体温が。
与えられる安心感が。
なにもかもが。
あまりにも心地いいから。
「おやすみ」
結局、ぬるま湯の心地よさに絆されて。
俺の意識は、とろりと暗闇に溶けていった。
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