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思惑.5(side.音川)
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ぽつり。
落ちてきたそれは、すぐに勢いを増した。
ざあああああああ
「あーぁ。ほんとについてなーい」
バシャバシャととめどなく降りそそぐ雨に打たれながら、歩き続ける。
その頭の中に色濃く残るのは、さっき彼が見せた、らしくもない表情。
ーーーー『カイチョーは、最初から関わる気なんてなかったでしょ?どーでもよかったんじゃない?』
態と意地の悪い言い方をしたのは認める。
けれど、それは客観的に見てまぎれもない事実なわけで。
今になっても、間違っているとは少しも思わない。
それなのに。
『…………。』
彼があまりにも悲痛な表情を浮かべるからだ。
「むかつく。調子、くるうんだよ…………」
くしゃり、濡れて重くなった髪の毛をかき混ぜた。
張り付く髪も、シャツも、何もかも不快だ。
胸がざわついて、仕方がない。
今のオレの心を支配しているのは、恐らくは所謂"罪悪感"というもの。
なんともオレには不似合いな感情だ。
…………悪口を言われても、裏切られても、ひとりぼっちになっても、"平気そう"だった癖に。憎たらしいほど余裕綽綽だったくせに。
自分の言葉たった1つに傷ついて見せた、あの表情。それは、これまでの彼の印象を覆すような。
あまりにも頼りないものだった。
ーーーー何故。
けれど、理解できなかった。
オレは、…………そして、他の役員も。
きっと、本当は多かれ少なかれ、気付いていた。
彼が、噂のような人物ではないこと。
それは一緒にいる人間には、余りにも明らかな事実で。
それでもそこから目を逸らしていた。
それでも構わない筈だった。
なんせ、本人が何もしないのだから。
勝手に理不尽を甘んじて受け入れているのだ。付け入られたって文句を言う資格もないだろう。
それは自分にとっては当たり前の思考で。
そこに、罪悪感なんて、なかったはずなのに。
オレは、オレさえ良ければ、それで良かったはずでしょう?
気付いた頃には、自分本位で生きていた。
それが正解で、生き抜くための、自分を守るための、手段だったから。
今回だって、それを選び取っただけ。
……………なんて。
それもまた、建前だ。
…………本当は、彼がーーーー椿屋響也が、きらいだったから。
いつだって真っ直ぐ、綺麗に、正しく生きる彼は、オレにはあまりにも眩しくて。
きっと環境に恵まれて、愛されて、真っ当に育ったのだろうと、そう思っていた。
親の愛が欲しいと、そう言っているわけじゃない。
無い物は無いし、手に入らないものを嘆くなんて、あまりにも無意味だ。
けれど、それでも、"羨ましくない"と言ったら嘘になる。
いっそ笑えてくるほどに、オレと彼は正反対だった。
適当で、体裁だけ整えて生きるオレと。
体裁なんて二の次で、自分さえ知っていればいいとばかりに正しく生きる彼。
その余裕さえ、オレをより滑稽なものにしている気がして。
オレと同じくらい惨めになればいいと。
"苦しめばいい"と思った。
その立派な殻が壊れて仕舞えばいいとも。
でも、現実はそううまくはいかなくて。
あんなにもぼろぼろの状態から、それでも彼は脱して、生き延びている。
そしてオレは、"自分にとっての不利益"を被るリスクを負うことは、なんだかんだ出来ないわけで。
卑怯なオレたちの当初の目論見は外れて、あるべき形に戻りつつある日常。
それに感じている感情は、落胆?
それとも。
逆恨みからくる憎しみと、胸をざわつかせる罪悪感。
ぎゅっとシャツの胸元を握りしめれば、雨を多分に含んだそれから、ぽたぽたと水滴が零れ落ちた。
相反する2つの感情がぶつかり合って、落ち着かない。
本人がいない時ですら、こんなにも感情を揺さぶられるなんて。
「ほんと、カイチョーってば、むかつく……」
その声は、想定していたよりもずっと弱々しくて、情けない。
なんて滑稽なんだろう。
結局オレがしたことは、自分の惨めさを、愚かさを、彼との差を、露呈しただけだ。
「あー…ほんと、惨め」
乾いた笑いが、口からこぼれた。
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