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亀裂.13(side.武川)
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普通なら、静かなはずの、そんな校舎の片隅。
西階段の、踊り場を満たすのは、動揺と焦燥と困惑。
すすり泣きと、喚く声と、助けを求めるような視線に晒されて。
あまりの衝撃に立ち尽くす自分の手から、滑り落ちた、携帯。
そうして、先程まで真新しかった画面に、歪な亀裂が入るのを。
「……………は?なんだよ、これ」
ただ呆然と、見ていた。
ーーーーーーーー
心臓が、冷えた。
『校舎の中で、制裁らしき行動が見られた。
西階段を登っているようだから、時間ができたら来てくれ』
受信した、そんなメール。
刹那的な怒りが湧いて、理性で封じ込めて。
そうしたら今度は、嫌な未来しか想像できなくなって、体の芯から体温が失われていく気がした。
ーーーーーーなぁ、お前に俺の思いは、言葉は、本当に届いてんのか。
"来てくれ"
その文字が物語るのは、またお前が一人で危険に突っ込んでいったって、そういうことだろ。
わかってる。
自分があいつでもそうするだろうし、あいつがそうしてしまう奴だっていうことは、理解している。
そうするのが、世間一般的な正解だということも。
だけど、許容したくない。
正解じゃなくていいから、詰られたって構わないから。
ただお前だけが無事でいればいいから。
ーーーーーなぁ、行かないでくれよ。
こんなこと考えるなんて、風紀委員長失格もいいところだ。
でも仕方ない。
だって俺は、風紀委員長である前に、武川蓮という、一人の人間で。
"俺"にとって、一番守りたいのはあいつで。
一番大切なのもあいつなんだ。
多くのことは望まない。
今までのことが、許されなくていいから。
お前が俺のことを好きにならなくてもいいから。
お前が一番心を許す相手が、俺じゃなくてもいいから。
せめて、お前が"椿屋響介"として生きて、お前自身を守って欲しいと、そう望むことくらい許してくれよ。
これ以上危ういお前を、傷つくお前を見たくないんだよ。
それが不幸だと、気付くこともしないで、不幸に向かって進むお前を見たくないんだよ。
応答のない発信を続ける携帯をにぎりしめて。
走って、走って、走った。
靴を履いたままなのに、足に痺れが走るくらい。
口の中に、血の味が滲むくらい。
肺が捻れそうに感じるくらい。
後のことも、他のこともどうでもいい。
お前が無事でありさえすればそれでいい。
それだけを確かめたかった。
"過保護だっつうの"
"大袈裟なんだよ"
ただそんな風に、全然わかってないことを、無愛想に告げるお前が見られればよかった。
こんな、不穏な胸騒ぎは、全部俺の空回りだって。
そう、信じたかったよ。
なのに。
混沌の中央に横たわるのは。
広がる赤の中央で、ピクリとも動かないのは。
「椿屋!!!!!椿屋!!!!!!なぁ!!!!」
「い、いいんちょ、落ち着いて」
「なぁ、嘘だろ、なぁ」
「動かしちゃ」
「いつもみたいに、強がってくれよ、」
「委員長!!!!!」
「平気なんだろ、ヤワじゃないんだろ、証明してくれよ」
「しっかりしてください!!!!」
「こんなんじゃ、大嘘つきだ、お前」
「武川委員長!!!!」
不思議な、感覚だった。
いっぱい生徒がいたはずだ。
頭の片隅で、理解はしていた。
なのに、俺の頭の中も、視界も、中央でピクリとも動かず横たわるあいつしか取り込んでくれなくて。
周りの声も光景も状況も、少しも入ってこなかった。
「きみ、はなれて」
そんな声がして。
「やめろ!!! 椿屋、つばきや!!!」
「こら!落ち着きなさい!」
つよい、力で羽交い締めにされて。
担架に乗せられた、あいつが、見えなくなって。
サイレンの音が、聞こえなくなって。
そうして、周りの生徒もいなくなって、ひとりになって。
それでもまだ、俺はひとり座り込んでいた。
「う、そだろ………………」
どうか、これが悪い夢であって欲しいと願いながら。
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