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11-ⅱ
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乙常はというと、慌てた彼の姿を見て、自分まで恥ずかしくなると必死に冷静さを取り戻そうとしていた。
もちろん、眞戸はそんな事に気付けなかったのだが。彼にしては珍しい見落としである。
「乙常くん」
眞戸はまだ下に目を向けたまま、洗剤のついたボールを水で流している。もう落ち着いたのか、眞戸の声色はいつも通りだ。どうしたと返すと、何か飲むかと眞戸は聞いた。
彼は珈琲をあまり飲まない。もうすぐ作業が終わるであろう彼の事を考えると、一緒に飲めるものがいいと彼の好きな紅茶を頼んだ。
「僕に気を使っているのかな?」
「いや、ただお前と同じものを飲みたいだけだ」
「そう。少しだけ待っていてくれ。これを洗い終えたらお湯を沸かすから」
「急がなくて良い。それか、俺が沸かそうか?」
「君は客人だ。そこで待ってて」
眞戸は目を細めて微笑むと、また手元に視線を戻して、残りの調理器具を流した。水切りの上に全てを乗せると、水を入れたポットを火にかけて、いつもとは違う透明な耐熱ガラスのポットと茶葉の入った黒い袋を取り出した。
「この紅茶はね」
眞戸は金のティースプーン二杯分の茶葉をガラスのポットに入れて、袋を閉じる。クリップで折り曲げた口を挟みながら、言葉を続けた。
「僕が初めて飲んだ紅茶なんだ」
「初めて?」
「うん。高校生の頃だったかな?近所の人がね、旅行で買ってきてくれて。ずっと紅茶嫌いだったんだけど、試しにと思って淹れてみたら美味しくてさ」
可笑しそうに言った眞戸に、乙常は目を丸くしていた。彼が紅茶嫌いだったとは、一度も聞いた事が無かったからだ。眞戸がここで飲んでいるといったら、ティーパックの日本茶か紅茶が大半で、珈琲は滅多に飲まない。
「苦手だったのか?」
驚きを隠さずに放った言葉に、眞戸は首を掻きながら困ったように眉を下げて笑った。
「実は、今もそんなに得意じゃないんだ」
その言葉にさらに驚き、乙常は以前紅茶を彼に送った事を思い出して、内心早く言って欲しかったと思っていた。
知らなかったと、乙常が眉を寄せる。眞戸は言葉が足り無かったと、慌てて胸の前で手を振った。
「あぁ、でも、茶葉から淹れる紅茶は好きなんだ。市販のがどうも苦手でね、贅沢だろう?」
「いや、俺も市販の紅茶は滅多に飲まない」
「君は珈琲が殆どじゃないか」
「それもそうだが」
乙常は机に片肘をついて、その手に頬を乗せる。少しだけ不服そうに眉間に皺を寄せ、カウンターを挟んだ眞戸を見上げた。説明を求めるようなその顔に、眞戸は心の中で笑いを漏らしながらその目線に応え、自分の話を始めた。
「僕はどうも、あの薄かったりペットボトルの匂いがしたりっていうのが駄目でね。あと、甘い」
「お前、甘党だっただろう?」
「珈琲は甘いのが好き。でも紅茶はそのままの方が美味しいと思ってる」
「ストレートティー、ってのは?それも駄目なのか?」
「うん。どうも僕には向いていないらしい」
ぎこちなくストレートティーと言った彼に小さく微笑んで、横に首を振る眞戸。
乙常は、ほぅと何とも言えない声を出して、数回瞬きをする。その顔はどこか気の抜けたようなもので、普段の怖い顔に幼さを感じた。
これがギャップかと、眞戸は本に書いてあった事を思い出して一人で納得していた。少し違うと思うのだが、眞戸にとってはそれが“ギャップ”だったのだから良しとしよう。
そんな事を考えているとも知らない乙常は、変わっているなと、その顔のまま言う。
「嫌いになった?」
コンロの火を止めて茶化すように返した眞戸に、乙常は一瞬目を見開いて小さく笑い、悪戯そうな顔を見せて、まさかと愛おしそうな目を向けた。
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