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12-ⅳ
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「そこで黙らないでくれ」
「すまん」
「こういうこと言うの恥ずかしいんだ」
「そう…だな」
「乙常くん」
眞戸がゆっくりと体を起こして、少しだけ乙常の方へと体を寄せる。早く来いと言わんばかりの目を向ける眞戸に、乙常は目を泳がせながら少し待てと大きな手で彼の目元を覆った。
それ程までに見られると恥ずかしさが増す。何度か回数を重ねたこの愛情表現も、やはり慣れることは無くて、そういう雰囲気になる度に戸惑い、脳が沸騰したかのように体の隅々まで熱く熱を持つのだ。
机に置かれた眞戸の手に自分の手を乗せて、指先でなぞる。
「あ、あの、乙常くん…」
分かりやすく戸惑う声。真っ暗な視界で不安を感じているのだろうか。珍しく口角の下がった口。薄く開かれた唇は、不安を訴えようと開かれているのか。
乙常は引き寄せられるように自分の唇を重ねて、手と共に離れた。
眞戸は数度瞬きをして、唇に触れてズルいと呟いた。
何も見えなくて、それは乙常の手で作られた世界で、何も知らされずに全て持っていった彼が少々憎らしい。
嫌味の一つや二つ言ってやろうかと思ったのだが、それでも喜んでいる自分が、より浮き彫りにされるだけのような気がした。
「乙常くん」
「ん?」
「よく分からなかったんだが…」
「ははっ、何だそれ」
「君が悪い」
「怒るな」
「怒ってない」
乙常は拗ねた顔の眞戸に、愉快そうに笑みを漏らす。眞戸も、今度こそは譲らないぞと乙常に目を向けて、挑発するように笑った。
乙常を見送った後の店は静かだ。時計の音と、ポット内から聞こえる液体の弾ける音。
それ以外は何もない。
ここから数十メートル先にいるであろう彼の体温も、声も、残り香さえも、消し去られてしまった。
背中に当たる硬い板。床の上で、男に馬乗りになられているこの状況で、眞戸は動揺すること無くただ目の前の男の青い瞳を見ていた。
ここ最近の緩みきった自分の神経に、少しばかり嫌気がさす。
「眞戸紗嘉だな」
「……えぇ。貴方は…大方想像はつきますが」
「分かっているなら話は早い」
男は眞戸の上から退くと、彼を立たせた。
「それにしても、もう少し他の方法があったのでは?」
「あの人が言ったんだ」
「まぁ、確かに。考えそうな事ですけれど」
悪趣味だと小さく呟いて、眞戸はカウンターへと入り、ガスを切ってポットのお湯を流しに全て流した。キッチン下の金庫から、中の物を全て取り出し、それと携帯を手に自室へと入る。必要なものを持って出てくると、男はソファーに腰を下ろして、長い足を組んでいた。
「さっきの男は?」
「貴方には関係ない」
「ほぅ、ではあれがそうなのか」
「彼には手を出さないでいただきたい」
眞戸は男に自分の携帯を投げると、男はそれを少しだけ弄って、ソファーへと置いた。
確認が済んだのだろう。この手の人間は、情報漏れを極度に嫌う。慎重に動かなければ命取りになるのだから。
「別れの挨拶は済んだみたいだな」
「本当は嘘なんて嫌なんですけどね」
「大切な奴を作った、お前が悪い」
「ごもっともです」
眞戸が軽く目を伏せた次の瞬間、店のドアが音を立てて開く。
「準備はできているようだな」
入ってきた男の、重々しく絞り出されたような低い声に、二人は静かに頷いた。
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