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14‐ⅲ
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乙常は服を頭から被って、腕を通しながら眞戸に尋ねる。
「それ、どこで汚したんだ?」
「これかい?」
首を傾げる眞戸に、乙常は無言で頷いた。
「僕の師匠の所でね」
「師匠??」
「うん。高校出てから5年くらいかな?バイトでお世話になってたカフェがあってね、その時僕にいろいろ教えてくれてた人が、改装するって話をしたらエスプレッソマシーンをくれるって…」
エスプレッソマシーン…と、乙常は復唱し、話の続きを聞いた。
眞戸はその“師匠”にバリスタの技術を教え込まれているのだそうだ。今日は五時にホテルでの仕事を終えて、その足で行ったらしい。
「リニューアルオープンを楽しみにしていてくれ」
「あぁ。楽しみにしてる」
乙常は優しく微笑む。眞戸もそれに応えるように笑った。
眞戸がその後風呂を上がって放った第一声が「君の服は何故こんなに大きいんだ」だった。
前にもこのような事があった気がする。その時はコートだった。
思えばあれからどのくらいが経つだろう。初冬だったはずだ。と、なると半年以上前になる。
眞戸とは濃い付き合いをしてきたと思う。それなりに共有した時間があったし、深い話もした。それでもまだ、踏み込めない一線が自分達の間にある。その事がもどかしくもあった。
しかし同時に、知ろうとすることで彼と引き離されてしまう恐怖も。
会ったばかりの時は、きっとこんなことは無かった。もっと楽だった。
時間を重ねれば重ねるほど臆病になって、知りたい事への距離は変わらないままなのに、そこまでの道が険しくなっていく。
いつになれば、彼を…眞戸を失わなくても良い選択が出来るようになるのだろうか。幾度となく考えてきたのに、未だにそんなものが見つかることはない。
乙常はベランダで煙草を吹かしながら、焦点の定まらない目を夜に向ける。
短くなった煙草を灰皿に押し付けた時、背に温かい体を感じて初めて、眞戸がすぐそこまで来ていたことに気が付いた。
「乙常くん」
「どうした」
「僕はね、君とは対等でいたい」
「え?」
ふっと離れた眞戸と、乙常は向き合う。
吸い込まれそうな瞳と目があった。
「嘘は吐かないよ。よほどのことが無い限り」
「急に何を…」
「でも忘れないでほしい」
眞戸はくるりと身を翻すと、明るい部屋を向いたまま、落ち着いた声でこう言った。
嘘と隠し事は違うと。
その声はあまりにも、乙常の耳に鮮明に残った。
この言葉が乙常の抱える問題の糸口になることに、気付けるほどの冷静さは無い。
「そう…だな。わかった……」
「そう難しい顔をしないでくれ。シンプルに考えるんだ」
眞戸は顔だけを乙常に向けて、いたずらっ子がするように目を細め、さて、と口にした。
「寝よう。乙常くん。一緒に」
「あぁ…そうだな。寝るか」
「ねぇねぇ、おやすみのキス…は、なし?」
自分の唇を指さして満面の笑顔を向けてくる眞戸に、先程までの硬い雰囲気は微塵もなかった。
振り回されっぱなしの乙常は首を掻いて目をそらす。
「ベットでな」
「場所が場所だといかがわしいね!」
「そういう事は言ったら駄目だろ」
「ふふっ」
「お前は本当…」
「今、欲しいなぁ…」
「初めからそう言え、馬鹿」
「察してくれ」
小さな声を漏らした口は、すぐに言葉を発しなくなった。
何かが変われば、他も変わるかもしれない。それが分かるのは、数週間後。改装後のPandule店内でだった。
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