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先日の定休日から三日が経ったPandule店内で、眞戸は最後の客を見送った。
仕事帰りのサラリーマン二人は、眞戸に紹介された居酒屋へと足を運ぶつもりらしい。もちろん、利根の営む店だ。
先日閉店後に顔を見せた利根が、最近忙しくなったと嬉々とした表情で悪態をつきにきた。忙しい事は決して良いだけではないと、眞戸は身を持って知っている。それでも、 利根のようにそれを良しとしてくれる人が近くにいて良かったと、心の底から思っていた。
木製のドアに掛かったタグを裏返し、大きく伸びをしたところで、視界の端に見知った姿が現れる。
こんばんはと口にして、彼を中へと招き入れた。
「その後どうだ?」
カウンター席に腰掛けた男は、開口一番に眞戸に尋ねる。
以前乙常にウィルと名乗った眞戸の父親の仕事仲間だ。本名をフォルガー・ウィルクスと言い、父の仕事仲間という事に間違いは無いが、眞戸の仕事上の相方と言う方が正しいだろう。
「まだ掴めていないです」
「あぁいや、そっちじゃなくて」
仕事の話だと思った眞戸に対し、ウィルクスは愉快そうに笑いながら、その体格同様に大きな手を、顔の前でわざとらしく組んだ。
「どの話です?」
小首を傾げた眞戸は、思い当たるものが無いと言って、彼の前にティーパックの沈んだマグカップを置く。立ち上る湯気に、ウィルクスはどこか満足そうに顔を綻ばせた。
「キジョウくんだよキジョウくん。スズヒロのフィアンセの」
「僕らはまだそんな関係ではないですよ」
眞戸はいたって普通に、彼の口から出た言葉を否定した。恋人であることは間違いないけれど、婚約者と言うほど確かな存在ではない。付き合ってからそこそこに時間は経つけれど、恋人らしい事をそんなに頻繁にしているわけではなかった。
「良いじゃないか細かいことは。キスもセックスもしているんだろう」
さも当然のことのようにウィルクスは言う。その真っ直ぐさは時に、眞戸を困らせるのだ。もう少し遠慮をして欲しい。
「……そういうことは、普通聞かないんですよ。こっちでは」
眞戸がため息混じりに口にすると、ウィルクスは目を見開いて数度瞬いた。彼の青い瞳が嫌味なほど綺麗に見える。
「もしかしてまだなのか?その…」
「貴方には関係ないでしょう」
彼の言いかけた言葉を遮るように眞戸は自分用のコップを持ってカウンターから出てくる。その様子を、ウィルクスはただ黙って見ていた。
眞戸が椅子を引いて座った席は、他でもない乙常の特等席だ。ウィルクスとの間には座席一つ分の余裕がある。何故か今は、乙常の席にいたかった。
「スズヒロは、そういう気持ちにはならないのか?」
そう言って向けられたウィルクスの目は、純粋な疑問の色が浮かんでいた。
数年の間端末でのやり取りをしていたとはいえ、顔を合わせたのはつい数ヵ月前だ。半年にも満たない期間の、それのさらに半分ほどの短い時間を共に過ごしただけで、ここまでプライベートな話をするようになるとは、普通なら考えられないだろう。
過ごした時間が濃かったといえば確かにそれもあるのだろうが、彼自信にも問題はある。
彼のコミュニケーション能力の高さは、時の壁など無かったかのように錯覚を起こさせる。それが相手によっては武器に、仲間によっては弱点になることもある。
もちろん、眞戸にとっても。
「僕もこの歳ですから、それなりに周期はあります」
隠す必要も無いだろうと、眞戸は躊躇い無く答えた。バディと呼ばれる間柄である彼に、それなりに距離は保ちつつも心を開いていない訳ではなかった。言ってしまえば、眞戸が隠す秘密そのものが彼なのだから。
「そうだよなぁ…そうなんだろうな。……キジョウくんもきっとね。しかし彼はお堅そうだし、君から誘うしかないんじゃないか?」
「……」
「誘わなかったのか?」
「そういうわけではないです」
「その感じだと気付いてもらえなかったんだな」
「デリカシーの欠片もありませんね…貴方は」
ウィルクスは肩を震わせて笑っている。彼は見た目通りの鈍感さだなと、目尻を拭いながら口にした。
そんなことはとうの昔に分かっている。そこも含めて好きなのだ。
眞戸は可愛いでしょうと拗ねた口調で、それでも何処か自慢気に彼を見た。
「あぁ、可愛いな、スズヒロのキジョウくんは」
「もういじらないでくださいね?」
「悪かったよ」
「それで、本題を話したらどうです。まさかそんな事を言う為にここに来たわけじゃないでしょう?」
眞戸は手にしたカップを机に置いて、その前で静かに手を組んだ。
温かく、明るかった空気が一瞬にして熱を失う。席一つ分の空間を挟んでも、その温度差は十分に伝わってきた。
「また潜入をすることになる。今度は俺達だけで…だ」
「設定は?」
「俺は取引相手として、お前はこっち」
ウィルクスが横に滑らせてきた手の下には一枚の写真。その裏には日時と場所が書かれている。
その写真に写る人物を見て、眞戸は目を疑った。
見知った人物がいた。
「これ、何で……」
「そいつは先に潜入している同業だ。見たことあるだろう?」
「見たことあるもなにも……」
この店の常連客だ。
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