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17-ii
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* * *
乙常の家には来客があった。とはいえ、客といっても眞戸なのだが。
明日は休みかと連絡があったのはつい先刻のことだ。
入浴を済ませ、一人で飲むかと最後の一本のビールを冷蔵庫から出した瞬間だった。あまりにも急な話で何も準備をしていなかった。その事を電話越しに伝えると、眞戸は適当に買っていくと言って、数分後、ビニール袋を手にベルを鳴らした。
眞戸は石鹸の香りを纏っていた。鼻を掠めた香りに、乙常はどこか懐かしさを感じたが、その理由までは分からなかった。
ロングソファーに並んで座り、ここ数日のことをのんびりと話しながら喉を潤わせる二人が、ちょうど缶を一つ空け終えた頃だ。夜のニュース番組が流れ始め、眞戸の携帯が鳴ったのは。
眞戸は手にしたそれを見て、顔を思い切りしかめると、電源を切って目の前のローテーブルに置いた。ソファーに深く腰掛け、背に挟んでいたクッションを胸の前で抱き締める。
そのままずるりと乙常の肩に寄りかかって溜め息にも似たものを漏らした。電話は良かったのかと、乙常は聞くことができなかった。
「君といると、楽だ」
眞戸は落ち着いた口調で、ぽつりと言った。楽、とつられて口にした乙常は、それが良いのか悪いのか、真面目に考えているようだった。
眞戸はそんな彼を見て、たまには素直になるのも悪くはないかもしれないと、ほんの少しの気まぐれのように考えていた。決して、ウィルクスにどうこう言われたからではないと、そう言い聞かせて。
「いや…少しだけ嘘をついた」
眞戸は腕の中のクッションに顔を埋めて、くぐもった声で話始める。乙常がこちらを見ていると、すぐ横でした服の音でわかった。それに、嘘、と反復された声がすぐ近くでした。
「君といても、気は休まらないよ。嫌われたくないだとか、みっともない姿を見せたくないだとか、たくさん余計な事を考えてしまうから」
「……」
「でもそれが案外心地好くて、僕は好きなんだ」
「…どういうことだ?」
「ずっと君に…こう、なんだろう。恋…、をしているみたいで」
乙常は分からないと言いたげな目を、眼下で縮こまる眞戸に向けている。もちろんそれに、眞戸が気付くことはないのだが。
「付き合っているのに?」
「いや、確かにそうなんだ。しかしその…、君のこと、好きになっていくばかりで………」
よく分からないけれどと言葉を濁しながら、クッションから顔をあげた眞戸は照れ臭そうに首を傾げて乙常を見上げた。
そのいじらしさに、乙常は一瞬にして顔が熱くなる。不器用にも愛らしく、ぎこちない。頭を抱えてしまいたくなるほどに。
「お前はまたそういうことを…」
乙常の声は震えていた。様々な感情を押し殺しているようだった。とはいえ、全く隠れてはいないけれど。
「何故君が照れるんだ」
「照れないやつがあるか」
「言ったのは僕だ」
「言われる方も恥ずかしい」
「君が照れると調子が狂うんだ」
「お前がそうさせてるんだからな」
自業自得だと乙常に言われて、眞戸は不服そうに唸る。また乙常の肩に背中を預けた彼は、どこか遠くを見るように視線をさ迷わせていた。
何か言いたげな様子が、鈍感な乙常にも伝わってきている。
流れる沈黙に、乙常はただ待つことしかできなかった。彼の言わんとしていることが分からない以上、こちらから…というのも邪魔をしかねないと思った。
「…ねぇ、乙常くん」
「ん?」
「もっとその、恥ずかしいことを言わせてくれ」
「場合によっては断る…が、……言ってみろ」
「うん。…僕達、セックスはしないのかい?」
ゴトッと鈍い音がして、ビール缶が床のマットの上に落ちたのだと分かる。
眞戸が慌てて拾い上げると、それがまだ開けていない物だと分かって安堵した。缶を机の上に置いて彼が見上げた乙常は、明らかに動揺していた。
「あ、えっと、驚かせるつもりは……」
「お前はいつも急だ。本当に心臓に悪い」
「すまない。何度かアプローチしていたんだが、ほとんど気付かれなかったものだから」
「気付いてはいた。……お前は大丈夫なのか?」
「何が?」
「そういうことを俺とできるのか?」
「もちろん。付き合ってから何度も考えたよ」
当たり前じゃないかと言いたげな眞戸は、前屈みの姿勢のまま、真っ直ぐに乙常を見た。
視線の先の乙常は、まさか眞戸がそこまで考えていたのかと驚いていた。好奇心か何かで誘われているのか、と、そう思っていたものだから、わかった上で意図的に誘われていたと知った今、惜しいことをしていたのだなと思う。
「考えてたんだな…」
「恋人になるならそういうことも有るだろう?」
「ははっ、お前はそういう奴だったな」
乙常は乾いた声で笑った。力が抜けてしまっているようだった。それでも眞戸は引くつもりがないらしい。意思の強い瞳は、真っ直ぐに彼を捉えている。
「とうの昔に腹は括ってる。あとは君がどうするかだけだ」
「考える時間は…」
「散々あげたと思うのは……僕だけかな?」
眞戸は立ち上がり、乙常の前に立った。もう時間どころか、考える余裕ももらえないらしい。
乙常はゆっくりと目線を上げる。天井のライトによって影を落とした眞戸の顔は、妖艶に微笑んでいるようだった。意地が悪いと、小声で悪態をつくと眞戸の手が頬を滑り、親指で優しく肌を撫でた。まるで慈しむかのように。
「欲しい?」
その問いに何がとは聞かなかった。試すような彼の口ぶりに、もう答えは出ている。
「時間はいらない」
少し掠れたその言葉は、果たして彼に届いたのだろうか。
引き寄せた眞戸の体と、後頭部に回した手。強く深く合わさった唇が、浮かされるほどの熱を持った。
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