アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2015 12.2 14:47
-
「なんだよ、お前」
「何が?」
「いや、ハサミなんか持ってさ」
首元を覆い隠すように伸びた髪の毛を霧吹きで濡らして、濡れた髪の毛の先端からはポタポタと雫が滴る様子を見つめて口にした。これから真冬だってのに、マフラーは毛が首に刺さって嫌だって、だから伸ばすんだって言ってたじゃないか。
「なに、全部いく感じ?」
「んんー。そうだなあ、セクシーに頸でも全部見せちまおっかな」
「何もそそられねぇな」
「うるせー。お前のためじゃねーし」
けらけらと何事も無いように笑いながら、足元に新聞紙を数枚広げ、椅子を中央に置く。
「やってやろうか?」
「え、やだよ」
「絶対俺の方が上手いから」
「何だそれ。どこから湧いてくるんだよ」
「お前が出来るのなんてバリカンくらいだろ?」
「まあな!高校まで気合い入れる時は自前でやってたから、めちゃくちゃ上手いと思う!」
「じゃあバリカンでやれば?」
「バッカ、もう高校生じゃねぇし」
俺だってオシャレしたいんだよ、って小さく鼻で笑われた。
「まあ、いいからさ」
手にしていたハサミを取り上げて、椅子に体を押し付ける。
「ええー、お前マジかよ…」
「マジだよ、大マジ。つーかオシャレになりたいなら美容院に行けって」
「……金無い」
「俺もタダじゃやんねぇけど」
「んだよ!じゃあキャンセルだ!」
ハサミを必死に取り返すのを抑えつけた。
「一応俺の髪の毛、俺が切ってるからな」
「え、マジで?」
「大大マジ」
「それは期待出来る」
さっきまでの抵抗は何処へやら。確かに、俺の髪型を見れば、少しはマシだってことは伝わったのかもしれない。職にする程ではなかったが、趣味の様に髪の毛を切ることがこんな事に活かされるとは思わなかった。
少し時間が経って乾き始めている髪の毛を再び霧吹きで濡らす。軽く絞って毛先を真っ直ぐにして揃えると、思ったより長く伸びていた。頸が見えるくらいと言ったら、5センチは切ることになるだろう。
「おい、結構切るくさいけど」
「ん、好きにやっちゃって」
「…頸見せんの?」
「おう。スッキリしたい」
これから真冬だってのに、マフラーは毛が首に刺さって嫌だって言ってた癖に。高校生のころ五厘で、今や頸を隠すほどに伸ばした髪の毛を、昔の頃の様に切りたいくらいにスッキリしたいことって、一体何だよ。
「御園さあ、」
これを全て口にしても良いのかと躊躇って、「お前、彼女とどうなったの」手にしたハサミが髪の毛を切る音に隠す様に言葉を続けた。目の前にある頭も肩も少しも動くことはなかった。
「おう、別れたよ」2週間前にな、って少し間を空けてから続いた言葉に「ふうん」とだけ返事をした。思い切り髪の毛を持ってハサミを伸ばしたが、頸を隠す髪の毛は1センチも切れていなかった。
「お前がフったの、それともフられたの」
「俺がフられたんだよ」
「何でまた」
「…よく分からんこと言われた」
語尾が今迄と少し違う声色になった。震えた訳ではなかったが、きっとその時の情景が浮かんだのだろう。これ以上聞くことは野暮だと頭が判断する。けれど、心がその判断を邪魔する。
「なんだよよく分かんねーことって」
「知らん。よく分かんなかったんだよ」
「全然説明になってねーよそれじゃあ」
何度も掘り下げても口を割ることはなく、曖昧な返事が続くばかり。言いたく無いのか、思い出したく無いのか、はたまた本当に理解出来ないことを言われたのか。その答えは分からなかった。
「いいから手を動かせ!手を!」
「うるせーバカ」
さっきの声が嘘だったかの様に明るい声で急かされ、髪の毛を見つめながら再びハサミを動かした。スッキリしたいと言ったことを思い出して、今度こそ容赦無く手を進めていく。細かく切り進めながらも、次第に今迄隠れていた頸が露わになっていく。
「どうよ」姿見のある玄関へ連れて行くと、先程とはまるで違う髪型をした自分に、大きく目を見開いて「すげえ!」と声をあげて喜ばれる。
昔姉が新しい服を買った時のテンションによく似ていて、何度も新しい服を纏う自分を映してははしゃいでいたが、今まさにそんな感じだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 3