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幸樹は一瞬でミカンを平らげると、窓の外へ視線を移した。
「あの頃、おまえに告白をして……粘って粘って、オーケーをもらえた時は夢かと思った」
「俺も夢かと思ったよ。一年の時におまえ、彼女がいただろ? それなのに、彼女と別れたかと思えば俺に告白してきてさ。最初、冗談だと思ったし」
「何の罰ゲームだ? って聞かれた時にはさすがに傷ついたな」幸樹は苦笑する。
「それ、まだ言う?」圭吾は眉を下げる。「もう許してよ」
互いに顔を見合わせて笑った時、圭吾の携帯電話がメール着信音を鳴らした。新見猛からのメールだ。共通の友人である彼は、高校、大学と同じところに通っていて、三人で遊ぶこともある。
「猛が、来週の日曜日は空いてるか? って。話があるみたいだ」
「空いてないって返せ。来週はふたりきりで映画を観に行こう」幸樹も自身の携帯電話を手にした。
「誰かから連絡でも入ってた?」
「いや……特には」と言い、幸樹は笑いながら立ち上がる。「さて、動けるか? 腹が減ったし、昼飯にしよう。キムチ鍋が食いたい」
「いいね。スーパーに行こうか。冷蔵庫の中身、空だし」圭吾も立ち上がった。
コートを着てからふたりでマンションの外に出た。並んで歩くと、四センチの身長差を強く感じる。百七十二センチの身長は低いわけではない。幸樹が更に高いのだ。
「雪、いつの間に止んだんだろ。あ、そうそう。これ」幸樹にニット帽を手渡した。「クリスマスプレゼント。数日早いけど」
幸樹はにっこり笑ってそれを被った。ショートカットの黒髪が中に隠れたら、彼の頭の小ささが目立つ。
「おまえ、本当に等身が高いな。モデルか」
「まあな」幸樹は腰に手を当てて、格好つけたようなポーズをとった。
同時にぷっ、と吹き出し、どちらともつかず手を繋ぐと、ふたりで雪道を歩きだす。
今ではこうした穏やかな関係となっているけれど、付き合い始めてから二年は喧嘩が絶えなかった。拳は出なかったものの、お互い胸倉を掴み合うくらいはしていたし、意見の摺り合わせが中々うまくいかなくて、互いによく苛立っていたように思う。最終的に譲るのはいつも自分であるが、先に感情を爆発させるのもたいていが自分だった。言い争う原因は些細なことばかりだった。メールの返信が遅いとぶつくさ言う幸樹に苛立ち、鬱陶しいと返す。それだけで一週間は喧嘩だ。
しかし交際三年目からは、抱く考えやパーソナルスペースなどを、自分だけでなく彼も察知できるようになったみたいで、そういった喧嘩はがくりと減った。まるで熟年夫婦のようだと共通の友人から言われ、ゲイだとカミングアウトしていないことから焦ることもあった。
「俺からのクリスマスプレゼントだが、実はすでに枕元に置いているんだ。明日の朝くらいに中身を確認しておいてくれ」幸樹の頬は少々上気している。
「中身? 何だよ。帰ったら見ていいだろ?」
「駄目だ。俺のいないところで見てくれ」幸樹はそっぽを向いた。「照れるから」
胸が甘く高鳴った。普段は不敵な態度を崩さず、たまに強引だったりする彼が時たま見せるこういった可愛らしさを、心底愛しいと思う。ギャップがたまらないのだ。
「わかったよ」圭吾は繋いだ手を更に強く握る。「それにしても、寒いね」
曲がり角を過ぎて交差点を渡り終える。スーパーはもう見えていた。
「早く一年が経たないだろうか。すぐにでも養子縁組をして、一緒に暮らしたい」
「まぁ、もうじきひとり暮らしするんだろ? そしたらさ、そっちに入り浸るつもりだから」圭吾はにっこりする。「俺のとこより広いマンションを借りてくれよな」
「そろそろ互いの親にも挨拶に行かないとな」
「反対、されるかな?」圭吾の表情が曇る。「されるだろうなぁ」
「説得するさ。何の不安もない生活を……幸せだと心から言える日々を、おまえに。ケイに過ごしてもらいたいからな」
頬を指でなぞられ、圭吾は笑みを零した。甘えた時にしか言ってこないケイという呼び方は、いつ聞いても胸がきゅんとする。
その時圭吾は、ぎゅるるっと何かが滑るような、擦れるような大きな音を聞いた。灼熱に似た強い衝撃を背中から受け、言いようもなくおぞましい破裂音のようなものが続いて、自らの身体が宙を浮いていることに気づいた。ドンっと雪道に叩きつけられ、次に、凄まじい衝撃音が耳に届く。ちかちかと霞む視界の中で、自分たちが立っていた、歩道の傍の電柱に衝突している車を見た。
「こ、うき……」生温い何かが視界を覆う。これは―血だ。頭部から出血しているのかもしれない。足に力が入らず立ち上がれなくて、眼球だけでぎょろぎょろと辺りを見渡した。嫌な味が口腔に広がり、生理的な涙が溢れる。幸樹は無事なのか、という不安に胸が押し潰されそうになりながらも、やっと姿を見つけた。車の陰に、足が見えたのだ。
「嘘……だ」頭が割れそうに痛かった。血の気がどんどん下がってゆく。這いずってでも、幸樹の傍に行こうと思うのに、身体の自由が利かない。
無数の、人のざわめき声が聞こえてくる。大丈夫ですか!? と、声をかけられて間もなく、圭吾は意識を失った。
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