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空にステンドグラスが嵌め込まれたようだ。幸樹は会社の屋上から遠くをぼんやりと眺めながらそう思った。上の方に青が残っていて、沈みかけた夕日が茜色をどんどん広げている。奥にあるビルは逆光となり縦長の黒い塊に見えた。濃い陰影がついた雲は、まるで今から砂嵐となり地上を覆い尽くしますよ、と言わんばかりに空へ広がっている。
期待されていた会議はうまくいかなかった。準備期間が短かったから、などと自らに言い訳をするつもりはない。ただただ、至らなかった。悔しさが滲む。
仕事に対する情熱のようなものは、胸の奥のどこかにあるような気がするものの、それをぐいぐいと押し出す何かが足りていない。きっと、この職に就くことを選択した当時の記憶がないからだ。
考えに浸っていると、携帯電話が鳴った。メールの差出人は美加だ。今日はいつ帰るのか、という内容である。
以前はそんなメールを寄こしてこなかったのだが、いつからか―美樹を病院に連れて行ったあの日から、帰宅時間を伝えろという内容の連絡がこうして入ってくるようになった。食事の支度や風呂の準備をする目安になるからだ、と聞いているものの、たいがい定時で帰ることはわかっているだろうに。面倒だと感じてしまう。
幸樹は猛から受信したメールを携帯電話に表示させた。祭りの時に察しただろうけれど、圭吾と交際をしているので、邪魔はしないでくれよ、という文面。
何度読んでも、自然と顔を顰めてしまう。妙に不愉快だった。同性愛に対して差別的な考えを抱いていないはずなのに、ふたりが手を繋いで歩く姿を思い出しただけで、仄かに吐き気がした。自らの視野の狭さに驚く。
圭吾とゆっくり話がしたいのだが、そう釘を刺されてしまうとどうにもできない。ふたりの交際を中々認められないものの、幸せの邪魔をしたいわけではないのだ。
幸樹は猛へメールを送った。今夜、飲みに行けないだろうか。
部署に戻った頃、彼から了承の返事がきたので、美加へ帰宅は遅くなるとメールを打つ。その理由は、どうしても外せない接待とした。猛と会うことは告げぬ方がよい気がしたのだ。
嘘をつく後ろめたさは感じなかった。正直に話せない状況を作る方が悪いと思う身勝手さが自らにあることを、幸樹は知っている。基本的に、我が儘なのだ。仕事や他にどうしても必要な場合を除き、誰かに何かを譲ろうだなんて滅多に考えない。
幸樹はパソコンの電源を切って、時計を見た。時刻は六時を過ぎている。猛との待ち合わせ場所は、会社と自宅の中間地点くらいにある駅だ。車をどうするか。駅近くのコインパーキングに停め、帰りは運転代行を頼もう。最近の居酒屋にはそういうサービスを紹介してくれたり、宣伝するチラシが置いてあったりするので、わざわざ自分で調べずに済む。
社ビルの地下にある駐車場に行き、車で駅まで向かう。次第に日が暮れ、街のネオンが目立ってきた。運転席から見るそれは、たくさんの細長い光となる。
コインパーキングに車を停めたら、駅に着いたと猛から連絡が入った。急ぎ足で向かい、合流する。
「お疲れさん」
「ああ。呼び出してすまないな」
「いいよ。俺も話したいと思っていたから」
ふたりで並んで歩き、目についた居酒屋に入った。料理や酒の種類はどうでもよかった。話をすることが目的だからだ。
居酒屋は客で賑わっていて、カウンターしか空いていなかった。店員へ、そこでいいと独断の返事をしたら、猛がけらけらと笑う。
「変わらないなぁ」
「そうか?」幸樹は鼻を鳴らす。「俺にはわからない」
椅子に座り、おしぼりで手を拭いた。
「顔、拭いていい?」猛に尋ねられる。
「聞かなくても、好きにしろ」
「嫌がる奴もいるんだよね。メイクしているわけでもないんだからいいじゃんって思うんだけど」
「オヤジ臭いって?」
「そうそう」
「人の言うことなんぞ不安定なもので、別の日にはそいつがおしぼりで顔を拭いている場合もあるのだから、気にする方が阿呆だ」
「そうかな。接する人がどう感じるのかって、すごく大切なことだと思うけど? 好かれる、好かれないの話ではなくて、相手が不快になると考えたら胸が痛まない?」
「自分を殺す方が、相手からしてみれば胸が痛むのではないか?」
「ああ、そういう意見もあるのか」
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