アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
31
-
店員が注文をとりに来たので、ふたりはささっとメニューを見て、酒と料理を頼んだ。
「まず、乾杯してから話をしようかね」
猛はポケットから煙草とライターを取り出した。
「喫煙しているんだな」
「たまに。こういう時だけ。家では吸ってないよ。それで、吸っていい? って、幸樹には聞かなくてもいいんだっけな」
「好きにしろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」猛が煙草を軽く唇に挟み、先端に火をつける。「おまえは吸いたいとは思わない?」
「さあ? もしや、俺は吸っていたのか?」
「いや、吸ってなかった」からかうような笑みを浮かべている。
「意地が悪いな」
「どのくらい覚えているのか気になってね」
「どのくらい……まっさらだと言えばわかるか? たまにだが、目覚めた時、授業に遅刻すると飛び起きることがある」
「記憶を失うって、想像もできないなぁ。その状態でよくもまぁ結婚したもんだ」
「……美加が……いや」幸樹はため息をつく。「この話はやめておこう」
言っても仕方がないと思った。記憶を失った状態で目覚めたあの頃、どれほどの混乱状態であったか。美加を抱いたあの夜は、騙されてホテルに行ったようなものだ。バーで酒を飲んだ帰りに、気持ちが悪いからどうしても休憩がしたいと、美加からそこへ誘われた。部屋に入るとすぐにキスをされ、抱いてくれと強く訴えられた。あなたが死んでしまったかと思って絶望した、と聞いたら、抱かないという選択をできなかった。そうして今がある。
まるで、誰かが敷いたレールを歩いているような気分だ。綺麗に舗装されていて、歩くに不便はないけれど、それが自ら望んだものなのかがわからない。不安は常に付き纏っている。
酒が運ばれてきたので、乾杯をした。幸樹はハイボール、猛はビールをそれぞれひと口飲んで、軽いため息をつく。
「それで、話は? ただ飲みたかっただけじゃあないだろ?」
「邪魔をするなと言われているからな。圭吾に聞きたかったことを、おまえに聞こうと思ったんだ」
「ふむ。聞きたいことって何?」運ばれてきた串焼きの鳥に猛が手をつける。
「高校、大学と、俺はどうだった? どんな風に過ごしていたんだ?」ジョッキに付着している水滴を眺めながら、幸樹は尋ねた。
「どうだった、って聞かれてもなぁ。今と変わらないけど」
「どうして俺は、今の仕事―玩具会社の商品企画部に就職をしたのだろうか。理由を知っているか?」
「うーんと」猛は食べ終えた串をタクトのように振る。「確か、大学三年の頃にガチャにはまってたからだよ」
「ガチャ?」
「ガチャポン。カプセルトイ。当時、圭吾がそれの動物シリーズを集めててさ。俺もおまえもそれに協力してたんだ。たぶん、切っ掛けはそこだろう。ほら、そっちも食いなって」
串焼きの鳥を勧められたので、ひと口食べてから首を傾げる。
「圭吾がはまっていたものに、俺もはまったのか?」
「ちなみに俺もはまったけど」
「動物……」
「そう、動物。キリンとヒヨコがとにかく出なくてさぁ。いっそ、合体したやつが出たら一度で済むのにって、おまえ、すっとんきょうなことを言ってたよ」
パズルのピースがひとつ、はまった。デザインする前からすでに知っていたような感覚がしたのは、これだったのだ。
「キヨコ」思わず呟く。
「そう、キヨコ……!? おまえ、覚えているのか? 今思い出したとか?」猛が驚いたように身を仰け反らせた。
幸樹は串を皿に置き、ハイボールを飲む。アルコールが喉にじわっと沁みた。
「以前企画した商品が、それでな。首まではキリンで、下がヒヨコの身体をした縫いぐるみストラップだ。商品名はキヨコ。もうじき発売される」
「脳のどこかに記憶の残骸がある。そんな感じかもね」猛は椅子の背にだらりと身体を預けた。
「その残骸を集めたいんだ」
「何で?」
「何で、とは?」
「理由は?」
「思い出したいと願うからだ」
「その、理由だよ」
猛からしつこく尋ねられ、幸樹は唸る。記憶がないという感覚を、どう説明すればいいのか。光がない場所で、足元の安全を確認しながら一歩ずつしか進めない、と説明したところで理解はされないだろう。
「たとえば、一昨日の夕飯。覚えているか?」
「一昨日は宅配ピザ」猛が即座に答える。
「では、その前の晩は?」
「ええと、何だったかな」
記憶を探るように視線を宙へ漂わせている猛へ、幸樹は頷いた。
「それだ」
「何が?」
「覚えていて当然なことが思い出せない。気持ち悪いだろう?」
きょとんとしていた猛は、ああ、と短く言った。
「変なたとえだけど、言いたいことはだいたいわかった」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
31 / 46