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圭吾が寝返りを打つたびに、ベッドが軋んだ音を立てる。その音で睡眠は浅くなっていた。相変わらず寝つきが悪い。やっと眠れたかと思えば、こういう小さな音で、夢の中にある意識がざわざわと、嫌な風に揺らぐ。首筋がぞわっとするようなものだ。目を覚まさなければ、嫌な感覚が更に強くなる。しかし、今は―夢にしがみつきたい。半覚醒状態にあっても、まだだ、まだだ、と意識を何とか沈める。夢が、幸福を。目覚めが絶望をもたらすのだ。
見える景色。ベッドに座っている圭吾。股の間に、幸樹の後頭部がある。
「コメディにしてもお粗末だ」幸樹が笑いながらテレビを指差した。
テレビには古い洋画が流れている。恋愛もので、コメディ色が強い。ヒロインはいつも何かしらの阿呆な失敗をして、ヒーローが彼女を救うといった展開のようだ。
「人を笑わせる力があるんだからすごいよ」
「うーん。まあ、そうだな」幸樹が股間に後頭部をぐりぐりと擦りつけてくる。「ああ、おまえの匂いが近い」
「変なことを言うなって」顔に熱が上がった。
「いやらしい反応が届くぞ?」
「そりゃあ、刺激されたらちょっと、そうなってしまうでしょう」
「桜が見たい」幸樹は身体を反転させた。膝の上に頭を乗せてくる。
「花見には早いよ。まだ、三月の上旬だ」
ああ、これは大学二年の頃の夢だ。こんなやり取りをした覚えがあると、半覚醒状態である圭吾は思った。
「しかし、見たいものは見たい。花が咲いていなくても構わないから、今から出かけよう」
「そんなもの、見たところでつまらないだろうに」
「これから咲く姿を想像すればいい。それをバックに立つおまえが見たい」幸樹はすねたのか、顎をこつり、こつりと膝に当ててくる。
「わかった。わかったって。もぉ。たまにこう、子供染みた真似をするよね、幸樹は」
「可愛いだろう?」
にやっと笑うその顔に、胸がきゅんと締めつけられる。悔しいけれど、そうだ。
圭吾は幸樹の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「うわっ。何をする!」
「可愛かったから、撫でた」
「撫でたというより乱した、だろう」
ぶつくさ言いながら髪を整える幸樹が愛しくてたまらない。
望む未来がそこにあった。もう手に入らないもの。願っても、祈っても、どうにもならないもの。
流れる涙で目が覚めた。濡れている頬を、手のひらで乱暴に拭う。
部屋は暗かった。枕元にある携帯電話を見れば、時刻は午前四時。もう一眠りできる時間帯だが、圭吾はベッドから抜け出す。幸せな夢がまた見られるとは限らないからだ。何度もこうした経験をしている。続きが見たいと眠りについたら、幸樹と美加が親しくしているなんて悪夢がやってきたりもする。夢さえコントロールできるならば、再び昏睡状態に陥っても構わないというのに。
圭吾は窓辺に立つと、カーテンを開く。外はしっとりとした雨が降っていた。
「おまえが引きずり込んだのに」呟いてみたけれど、悲しみが増しただけだった。
人を愛する気持ちはどうやったら消えるのだろう。深い愛を失った時、どうすれば立ち直れるのか。その方法を探り続けたら、いつかは解決策が見つかると信じたいけれど、つい、崩れ落ちた愛を拾い集めたくなる。まるで自傷しているようだった。愛の溢れた日々を思い出しては血を吐く思いをする。現実はこうであると己に言い聞かせても、期待というものは、ひょいと頭をもたげてくる。芽が出るのだ。花を咲かせたがる。記憶を肥料とし、芽はぐんぐん成長するけれど、どうにもできない今が太陽の強すぎる日差しを生んで、それを枯らす。発芽し枯れるを繰り返しているうちに、その愛は決して花とならず、実は味わえないのだと絶望する。けれど、やはり、どうしても、願ってしまうのは人であるからだ。感情が、執着が、前に進もうという決意を揺るがせる。
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