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世界で一番大切な日 2
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柏木は共有スペースでぼぉーとテレビを見ていた。
別にそれが面白いから見ているのではない。
他に話し相手もいなければやることもない。
ようは暇なのだ。
ただなんとなく視界に映しているだけ。
その証拠に柏木の焦点はテレビとはずれたどこか遠くを見つめている。
同室者である長山も諸事情により部屋にいない。
だからこそ余計に無駄な時間を過ごしているのかもしれない。
それからどれだけ時間が経ったのだろう。
ガチャリとロックが解錠された音がしたかと思えばガサガサと何かが擦れる音。
次いで顔を覗かせたのは長山ではなく脇坂だった。
ここの寮は各部屋それぞれに専用のカードキーがあり、他のものでは絶対に開かない仕組みになっている。
それでは何故、そこまで考えて止めた。
考えなくてもその答えは一つだからだ。
どうせ今日の為に何かと理由をつけて長山からスペアキーを借りたのだろう。
大方いない間に掃除でもしておく、とでも言ったのだろう。
主夫か
思ったが口には出さないでおく。面倒なことになると解っているから。
「・・・・・よっと」
厳つい顔からは想像つかないくらい優しい手つきで持ってきた袋をテーブルへ置いた。
それから部屋の中を見渡す。
「あの人は」
「あいつらが連れまわしてる。あと1時間は戻ってこねぇよ。・・・・・・・充分間に合うだろ?」
「はっ、当然。誰に言ってんだよ」
挑発染みた笑みを浮かべる脇坂に同じく挑発染みた笑みで返す。
袋の中から肉やら魚、野菜など様々な食材を取りだし、今使うものだけをテーブルに置きそれ以外は冷蔵庫にしまう。
軽く腕捲りをしてから手を洗う。
暫くして聞こえたまな板を叩く音に柏木は呆れた笑みを浮かべる。
厳つい顔をして飼い主に仇なす奴を徹底的に叩き潰す。
その姿はまさに狂犬に相応しい。
そんな脇坂と今キッチンに立ち包丁を手に野菜を切る脇坂とはどうもマッチしない。
狂犬時代の、あの街で暴れていた頃の脇坂しか知らない人間が見たら卒倒するだろう。
柏木はまな板の音を聞きながらさして興味もないテレビへと視線を戻した。
程なくしてキッチンから脇坂がひょっこり顔を出した。
しかしながらいつも通りすでに癖となってしまった眉間に刻まれた皺と包丁を持つその姿は何処ぞの殺人鬼かとツッコミたくなる。
後ろから漂ってくる美味しそうな匂いがまたミスマッチだ。
「もうすぐ出来上がるからあのキチガイ共呼んどけ」
「おー・・・・・倉橋は?」
「あいつはそのうち来るだろ」
脇坂がそう言うとほぼ同時にインターホンが鳴った。
「ほらな」
再びキッチンへと引っ込んだ脇坂を見てから来客を迎えるためドアを開けた。
「お邪魔するよ」
何か言う前に慣れたように入ってくる倉橋の後を柏木も続く。
「少しは遠慮しやがれ」
「なにを今更、君と俺の仲じゃないか」
「どんな仲だ」
「照れなくてもいいじゃない」
「照れてねぇよ」
「ところで・・・・・あの人は?」
「てめぇも同じこと聞くんじゃねぇよ」
「ん?」
「なんでもねぇ。・・・・あいつなら今あいつらと一緒にいるはずだ」
「そう、楽しみだね」
「・・・・・ああ」
「なに?その素っ気ない返事は、君はあの人の喜ぶ顔が見たくないの?」
「んなこと言ってねぇだろぉが」
的外れなことを言う倉橋に低い声で答える。
「俺はお前とは違げぇんだよ」
「なにが?」
「その下手くそな顔。誰に媚び売ってるのか知らねぇけどな、虫酸が走るんだよ」
冷たく言い放つ柏木に倉橋の顔が笑顔のまま硬直する。
「誰に気に入られてぇのか知らねぇけど、てめぇの笑顔は業とらしいんだよ 」
「何に苛ついてんだ?お前・・・・・ああ、あいつらに嫉妬してんのか」
「なんだと?」
「こんな日だからこそ、あの人と一緒にいたかったんじゃないのか?それをあいつらに」
「うぜぇ黙れ」
険悪な雰囲気が漂うなかそれを打ち破ったのはカチャリとドアのロックが外される音だった。
次いで聞こえたのは能天気な声。
「・・・・・なに、この空気」
「てかそんなとこに突っ立ってたら邪魔なんだけど」
矢崎と澤城は臆することも、遠慮することもなく睨み合う柏木と倉橋の間をずかずか通り抜け部屋へと進入する。
「おい、お前ら鍵」
そこまで言ってその質問がなんの意味も持たないことに気づいた。
矢崎なら直接鍵を借りなくても、学校のサーバーにアクセスしてカードキーの情報をコピーし模倣品を作ることなど造作もないだろう。
「・・・・・はぁー・・・」
柏木は深く息を吐いた。
怒りを鎮めるように。
「一時休戦だ」
「・・・・・そうだね、こんな日に喧嘩なんて馬鹿らしいしね」
目が合うとどちらともなく部屋の奥へ足を向ける。
そこからはすでに部屋へ入ったやけにハイテンションの澤城の声とそれを咎める脇坂の怒鳴り声が聞こえる。
いつ本気の喧嘩に発展するかも分からないそれもアイツにとっては微笑ましい光景なんだろう、と今ここにいない黒い気紛れなネコを想い、柏木にしては珍しく柔らかい笑みを浮かべた。
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