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犬は歓喜の声をあげる 4
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「・・・・・・・・・どうかした?」
そのあまりに真剣な面持ちにおもわず摘まんだ唐揚げを大皿に戻して問いかける。
一度箸で持ったものは皿に戻してはいけません、などと注意するものはこの場にいない。
脇坂の前には行儀よく割り箸が並んでいる。
どうやらあれから一口も手をつけていなかったらしい。
「食べないの?それともどっか怪我でもしてる?」
長山の言葉にふるふる首を振り違うと云う。
それでも脇坂の唇が音を発することはなく、奇妙な沈黙だけが流れた。
聞こえてくるのはカウンターの奥でマスターが洗い物をする音だけ。
あまりのことに流石の長山も困り果てて隣の柏木に助けを求めるが、その柏木も渋い顔をして眉間に皺を寄せている。
どうしたものかと思案していると、その体からは考えられないような、下手をすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな音が、静寂の中ぽとりと落とされた。
「・・・・・え?」
しかしあまりにも小さすぎたため聞き取ることができなかった。
また沈黙が支配する。
いつまでこの状態が続くのかと柏木が辟易しだした頃、それはやっぱり小さく紡がれた。
「・・・・・・・・・・った」
「え?」
もう一度聞き返すと勢いよく顔を上げ次いで立ち上がったかと思えば両手を思い切りテーブルへと叩きつけた。
ダンッ!!と叩きつけられたそれは皿を踊らせ、カチャカチャと甲高い音が鼓膜を揺らす。
「「・・・・・・・・・・・・」」
長山は目を大きく見開き、柏木にいたっては手に持っている唐揚げを口に運ぶことも忘れ、突然の奇行に呆気に取られていた。
「おっ、俺はっ、ずっとずっと・・・・・あんたに会いたかったんだっ!!!」
店内に大きく響いたそれに、その言葉の意味することに長山は吹き出した。
「・・・・ふはっ、ははははっ・・・・・ははっ、だからところ構わず暴れまわっていたとでも言うつもり?」
犬が暴れていると聞いた。
凶暴な野良犬だと。
その理由がまさか自分だとは思わなかったけど。
つまりこの男は長山に会えないイライラをぶつけるように手当たり次第喧嘩を吹っ掛けては相手をぼこぼこにしていたということか。
なんというか、偶々この男と居合わせてしまった憐れな奴等に同情する。
不貞腐れたようにそっぽを向く姿に長山はまた軽く笑い声をあげた。
「ふはっ、そういえば君の名前聞きそびれてたね。今更な気もするけど名前教えてよ」
「・・・・・・・じゃあ、あんたの名前も教えろよ」
「ん?」
「俺もあんたの名前知らねぇから」
「ふはっ、そういえばそうだね。だったら改めて自己紹介といこうか。俺は長山太一、ついでにこっちの赤髪でいつも眉間に皺寄せたような顔してるのが柏木智哉」
「おい」
長山の言葉に柏木が声低くつっこむ。
「で?君の名前は?」
緩く笑みを浮かべる長山に一瞬息を詰めると脇坂はおずおずと口を開いた。
「・・・・・・・・・脇坂清太郎」
「清太郎?・・・・・良い名前だね」
なんとも変な話だが、これがお互いの名前を知ったはじめの瞬間だった。
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