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運命の相手1
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『あの時、あの人に出会ってなかったら……』だとか、『あの言葉がなかったら……』だとか。
良い意味にでも悪い意味にでも使われるその言葉はつまり、人は常々誰かに影響を与え、影響を受けているということなんだろう。
それならば──
その影響を取り除いてやる方法というのは、果たしてあるのだろうか。
【君と恋を始める方法】
宮家明典(みやけ あきのり)という男は、太くも細くもない180越えの長身以外、その容姿に大きな特徴を持たない。
2つある目と、1つずつある鼻と口、それらを囲う輪郭など、その各々は取り上げるほど見栄えが悪いというわけではないが、褒め上げるほど秀でている物でもないということだ。
時折、彼の目 ── 一重のつり目が格好いいだとか、その上にある太い眉が男らしいだとか、あまり動かない表情筋がクールだとか、所謂誰かのフェチシズムを擽ることがあっても、それは極一部に限られたことである。
多くの人が彼に抱く第一印象は、大概『無口の根暗』であり、そこに容姿的特徴が含まれることはない。それほど、誰の目にも止まらぬような容姿をしているのだ。
しかしこの第一印象というのは、付き合っていく内に『案外喋る奴』や『意外とコミュニケーションが取れる奴』と変化していくが、ここまでは彼とある程度の関係を持っている者、例えば会社の同僚や関係者、偶々数回バーで顔を合わせて話しをするようになった者であれば、難なく知ることが出来る。
そして ──
『なー、暇なら俺とセックスしてよーぅ!』
「悪いが、お前はタイプじゃない」
── 親しくなるにつれ、『案外、ハッキリと言う男』だということが知れていくのだ。
電話の向こうで話す男も彼の性格を知っているのか、機嫌を悪くするわけでもなく高らかと笑いあげた。
『あんた、そんなんだからいつまで経っても童貞なんだよっ!』
「童貞じゃない。ついでに、初対面でも簡単に股開くような奴に突っ込むほど無謀者でもない」
『セックスはコミュニケーションだろ~?』
「お前ちゃんと定期的に病院行ってるか?」
『行ってる行ってる!オールクリア!!』
「セカンドオピニオンも受けろよ」
『そんな難しい言葉は知りまっせーん!!』
再び聞こえてきた笑い声は、到底品が良いとはいえなかった。
無駄なほど高いテンションと言葉の抑揚に、男が素面ではないことぐらい電話に出た時から気付いていたが、耳にかざすスマートフォンを遠ざけてしまうほど大きな声を急に出されるのは困る。
明典はスマートフォンの画面で通話時間と現在の時刻を確認した。
電話に出るなり、『腹立つっ!』という怒鳴り声から始まったこの通話も、1時間が経過しようとしている。
バーで見つけた男を誘ってホテルへ行った。
ヤル気満々で準備してたら、急に相手の男が『ここでセックスしてしまうのは、君のためにならない』と抜かし出したせいで、大喧嘩となった。
結局男が頑なにセックスを拒んだため、相手を残したまま一人でホテルを出た。
腹が立ち過ぎて他の男を見つける気にもならず、気が付いたら家へ帰ってきてしまった。
家に帰っても怒りが収まらず、電話した。
要約すると、そんな話だ。
分かりきったことだが、こんな時はアドバイスなど必要ないし、相手も求めていない。
そして相手に気がない限り、罷り間違っても相手が求めているだろう慰めの言葉を与えてもいけない。他の男を見つける気にならなかったなどと言っていても、こういうタイプはいつだって獲物を狙い、場合によっては牙を向いてくるからだ。
正しい対処法は、相手の気が済むまで適当に相槌を打つことである。この場合、相手の話を聞いていようがいまいが関係ない。重要なのは、男が然り気無く口にした『じゃあ、俺とセックスしてよ』という誘いに対してのみ注意を払い、しっかりと拒否を示すことだ。
明典のように。
22時が過ぎようとしていることを視覚的にも確認すると、明日のことを考えて、そろそろ眠りたい気分になってきた。しかし電話を掛けてきた男はまだまだ話したりないといった風である。
遠ざけたスマートフォンから変わらず漏れる男の声が聞こえ、明典は再びそれを耳にかざした。
「なぁ、俺もう寝たいんだけど」
『やーだやーだ!抱いてよー!!』
「だから、お前はタイプじゃないって」
『俺がもし可愛い見た目の男だったら、抱いてくれた?』
「……………………………………尻軽なのはなぁ」
『その間がリアルすぎて傷つくから止めて』
酔っているとは分かっていたが、ゲラゲラ笑う男はどうやら完全に出来上がってしまっているようだ。
いつかのバーでたまたま出会した彼が ── その時も今と然程変わらぬ酔っ払い具合だった ── 自分は単なる笑い上戸なだけで、素面な時はそれほどテンションが高いわけではないのだと話したことがあったが、酔っ払った彼しか見たことのない明典には到底信じられない話だった。
……信じられないといえば。
明典の頭の中で、最近言われた最も信じられない言葉が自動的に再生される。
『運命の相手とは、もう出会っていますね』
それは同僚の友人の友人の知人がやっているという占い師の言葉だった。
見た目からも察することが出来る通り、明典は占いを信じるタイプでもなければ、わざわざ金を払ってまで占いに行くような男ではない。しかし、どうしてもと同僚に頼まれたため、つい先週、人生初の占いに行ってきた。
たった数日前のことはまだ記憶に新しく、時折こうやって、その日のことが頭の中に浮かんでくる。
『当たるって噂なんだよ』と、同僚の男は興奮気味に言った。『お前もいつ結婚出来るか占って貰えよ』。
余計なお世話だと思っても口に出さなかったのは、相手が親しい友人ではなくただの仕事仲間だからだ。
男一人で占いに行くのは恥ずかしいから着いて来てくれと言う同僚に対し、かなり渋い顔をしながら断っていたのだが、結局、帰りの飯を奢って貰うことを交換条件に折れて付き合うこととなった。
その占い屋は、飲み屋街の一角にあった。
こんな場所にあるというだけで胡散臭いと思ったが、それはただ、折角の休日を全く興味のない占いなんかで潰すことになってしまった遣りきれない気持ちを慰めるためにつけたケチに過ぎない。
まだ日は高く、どの店も開店していないというのに飲み屋街に出来る長蛇の列は、一種異様な空気が漂っている。やはり女性客が多いようだったが、よく見れば男性も混じっていた。
その最後尾に並び、ゆっくりでも順繰りに前へと進んでいく。
列の中盤辺りに来た頃には、周りの客の空気に当てられて、明典も段々と本当に当たるのかもしれないという気になってきた。
しかしそこでちょうど『1回の占いにつき5,000円』という貼り紙が目に入り、世も末だと思う。
占いの相場がどんなものなのかは知らないが、5,000円も払ってまで知りたい今後のこと ── しかも、当たるか当たらないかも分からないこと ── など、明典には思い付かなかった。
一種の娯楽なんだと理解し始めた時、漸く明典達の順番が来た。最後尾に並んでから、3時間程のことである。
通された部屋は、占い師の代名詞ともいえるような水晶が真ん中に置かれた机があるせいで、大人が4人も入れば一杯となってしまうような狭い空間だった。占って貰う気など毛頭無い明典は占い師の前に座った同僚の後ろ側に立ち、その様子を見学することにした。
占い師といえば、顔が隠れるほどの黒いベールやフードを被っているイメージだったが、その占い師はただ派手な化粧を施しただけで、何も隠してはいない。黒く長い髪は全て後ろに纏められ、ほのかに品の良い香りがする。清潔感のある姿がしっかりと見えているというのに年齢は不詳という、ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
しかし、女にしては、デカい。声も低いが、女声と言えなくもない。紅色に彩られた爪は短く整えられ、筋ばった手はやはり、女性にしては大きかった。
そんな占い師は同僚から何を占って貰いたいのかを聞き出すと、その両手を水晶にかざす。本当にこんなことをするんだなと、明典は漸くイメージ通りの占い師の姿を見た気がした。
水晶は色が変わるわけでも何かが映し出されるわけでもなかったが、占い師の目には何かが見えたらしく、両手を元の位置に戻すと、淡々と同僚に占いの結果を話し出す。
内容など全く興味の無かった明典は、ただ同僚が占い師の言葉で一喜一憂する姿をぼんやりと眺めた。
暫くすると、何か良いことを言ってもらえたのか、同僚は嬉しそうに『頑張ります!』と張り切った声を出す。
その言葉を最後に、占いはどうやら終わったらしい。
こんなものか。あまりにも呆気ない。やはり5,000円は高すぎると踵を返そうとした時、料金を支払っているはずの同僚から腕を捕まれた。
『折角来たんだから、お前も占って貰えよ』。同僚の気遣いが、ただただ大きなお世話でしかない。
しかし、振りほどくにしては、がっしりと捕んでくる手に負け、同僚と場所を入れ代わる。
占い師は、『何を占って欲しいの?』と、妖艶に微笑みかけてきた。
『こいつも婚期を占ってやってくださいよ』。明典の代わりに同僚が興奮気味に答える。
『じゃあ、それで』と明典が投げ遣りに言うと、占い師は意外そうな顔をしたが、すぐに『まぁ、結婚が全てってわけじゃないわよね』と微笑みながら意味深なことを口にした。その後は、同僚の時と同じである。
そして放った言葉が、アレだ。
『運命の相手とは、もう出会っていますね』
それを聞いた瞬間、明典は財布の中にある5,000円を溝に捨てた気分になった。
『水晶だけで、そんなこと分かるんですか?』
『これはただ雰囲気を作るためにやってるパフォーマンスなの。実は私、人の未来が見えるのよ』
『へぇ』
ますます胡散臭い。
『じゃあ誰ですか?』
『あら?言ってもいいの?』
食って掛かると、占い師は明典ではなく後ろの同僚をチラリと見た。
どんな名前が出ようとも、例えそれを聞いて後ろの同僚が卒倒しようとも、構いはしない。同僚には自分がゲイだということを話していないが、それは必要性を感じないからであって、別にひた隠しにしているわけではないからだ。
しかし、占い師は再び明典を見て微笑むと、『それを言ったら面白くないじゃない?』と言った。『でも、そうね。電話には気を付けて』と付け加えて。
それが占い師の言葉で、最も記憶に残っているものである。
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