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運命の相手2
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占い師の言葉を思い出しつつ、明典は電話先で相も変わらずセックスをしようと喚く男に完全拒否の姿勢を貫きながら、まさかな……と思っていた。
もしここで、自分が折れたら、こいつが運命の相手だというのだろうか。
しかし、占い師は『電話には気を付けて』と言った。
その言葉を信じるわけではないが、もし仮にこの男が運命の相手だとしても、尻軽なのは遠慮したい。
「正」
名前を呼べば、男は黙った。
「続きは今度、バーで会った時な」
『え!?今度会った時、俺とセックスしてくれんの!?』
「いや、しないから。もう寝る。お前も家に居るなら男漁りになんて行かないでさっさと寝ろよ」
『お目々ランランなんですけどー!』
「布団に入って目瞑っとけばその内寝てるだろ」
『それ、俺のオカンも同じこと言ってたわ』
「じゃあそうしろ。おやすみ」
返事を待たずに、通話を切った。
直ぐさま正から『いつバーに行く?』というメッセージが入り、明典はスケジュールを確認してから日付を送る。
『了解』と返ってきたメッセージには返信しないままベッドへ入ると、枕元に置いてあるリモコンで部屋の電気を消した。
すぐには訪れない睡魔を待ちながら、考えるのは正のことではなく占い師の言葉である。
『運命の相手とは、もう出会っていますね』
何を根拠に、そんなことを言ったのだろう。
今の自分がプライベートで付き合いを持っている男といえば、先ほどまで電話をしていた正と、今度飲みに行く予定にしてある高校以来の親友、そして時折飲みに誘ってくる大学時代の先輩くらいだ。
確かにその3人は、それぞれ良い容姿を持つ男だが、全員タイプではない。
正が電話先で言ったように、明典のタイプは可愛い男だ。
筋肉質よりかは、華奢な身体がいい。
細面よりかは、丸顔がいい。
一重よりかは、二重がいい。
笑った顔が可愛ければ、尚いい。
そして性格も大人しければ、文句はない。
そんな好みのタイプを話せば、大概『そんな奴居るわけないだろ』とからかわれるが、今の明典にはその全てのタイプを満たす男に心当たりがあった。
一ヶ月前、自分の会社に出向してきた男、佐々木幸一(ささき こういち)だ。
明典好みの身体と容姿に、自信の無さそうな小さな声で、彼は自己紹介をした。32歳だと言っていたが、全くそんな風に見えない童顔。すぐに彼は緊張を誤魔化すかのように笑ったのだが、その笑い顔に心を鷲掴みされたのは未婚の40代女性社員と、4つ歳下の明典だった。
歓迎会と称した飲み会で、女性社員よりも先に彼の隣を陣取った明典は、久々にタイプのど真ん中を貫く男を然り気無く目で堪能しながら、少しずつ情報を聞き出していった。
思った通り、佐々木はあまり口数の多い男ではなかったが、間を繋ぐために笑う顔が堪らなく可愛い。酒に弱いのか、赤くなった両頬が、その可愛さをさらに引き立てた。
ずっと眺めていても飽きないだろう。
佐々木の好ましい点しか見つけ出すことの出来ない飲み会だった。
しかし、その飲み会以降、明典は佐々木と少しばかり距離を取っている。
それは、佐々木が、ただ奥手なだけで未だに未婚であるに過ぎない男だと、その飲み会でよく分かったからだ。
つまり、佐々木はゲイではない。バイでもない。ノンケだ。
ノンケには手を出さない。それが、明典の主義である。
そのため、佐々木は運命の相手ではない。
佐々木が運命の相手であれば、どんなに良いだろうという気持ちを捨てきることは出来ないが、主義を捨てる気もないのだから仕方がない。
では、運命の相手とは誰だろうか。
先に挙げてある3人の中で、高校以来の親友だけは除外する。
それ以外の男のことも考えるが、全くピンとこない。
そもそも運命ってなんだ。赤い糸か。そんなのあるのか。あの占い師には見えるのか。
たまたま行った場所で出会った人と結ばれた、というだけで、人は運命だと言う。
『運命』には『偶然』という要素が少なからず必要らしい。
しかし、全てが全て、そんな偶然の末に出会った相手と結ばれているわけではないだろう。
やはり、あてにはならない。
一向に答えの出ないことを考えているだけで、次第に睡魔がやって来た。
ゆっくりとなっていく思考に、占い師の言葉を手放せばすぐにでも眠りに落ちていけそうな感覚を覚える。
もうあの言葉は忘れよう。
だいたい、端から信じているわけでもないのだし。
ここまで考えてしまうのも、ただ溝に捨てた気分になった5,000円札を、何とか拾い上げたいだけの悪足掻きに過ぎない。
そんな時、部屋の電気を操作するリモコンの隣で、スマートフォンの画面が点灯した。
目を瞑っているというのに、その光は瞼の下からでも気になってしまう。
漸く眠気がやって来た所だったが、明典は手だけを動かしてスマートフォンを持つと、画面を確認した。
『何してる?』
メッセージが映し出されている。
その宛先の名前を見て、明典はスマートフォンを持つ手を掛け布団の上に落としながら、ため息をついた。
そうだ。そういえば、もう1人、居た。
今まで考えてきた男の中で、ある意味最も可能性が高く、そして最も低い男が。
暫く天井を眺めていると、段々と目が暗闇に慣れてくる。
何て返そうかと思案した後、再び顔の前に持ってきたスマートフォンの光は目に痛かった。
『寝ようとしてた。どうした?』
するとすぐに、返事が返ってくる。
『ごめんね』
謝っているのは、眠りの邪魔をしたことに対してだろう。
『いいよ、なかなか寝付けなかったし。何かあった?』
『何してるかなって思って』
『そっちは何してたの?』
『テレビ観てた。パートナーシップ条例の』
懐かしい時事ネタだなと、返信する手を止めた。去年話題になったやつだ。
『明くんは、彼氏とパートナーになるの?』
数秒返さなかっただけで、再び相手からのメッセージが届く。
あの条例は、自分が住んでいる所が出したものではないのだが、相手はそれを知っているのだろうか。
『彼氏はいない』
『そうなの?』
『だから俺には関係ないよ』
『そうなんだ』
新しいメッセージを受信する。
『良かった』
その四文字を見て、明典はスマートフォンの画面の光を落とす。少々手荒くそのスマートフォンを枕元に放ると、再び両目を閉じ、長く息を吐いた。
(良かったって、何がだ……?)
そう返信すれば何かしらの答えが返ってきただろう。
敢えて寝落ちした風を装うのは、聞かないことが、お互いのためだと思っているからだ。
定時を少し過ぎた辺りから、明典は自分のデスクで帰り支度を始めた。その気配に気が付いたのか、隣のデスクを使用する同僚が顔を覗かせ、「もう帰るのかよ」と恨めしそうに言ってきたが、自分の仕事を放ったらかし、スマートフォンのゲームへ勢を出していた彼に対して、「お疲れ」以外の言葉は浮かんでこない。
腕時計を見る。待ち合わせにしてある店への移動を考えても、少しばかり時間に余裕があった。しかし、この余裕を利用してまでしなければならない仕事も思い付かなかったため、オフィスの出入口にあるパソコンに退社時間を打刻しに行く。
自分のIDを打ち込み、マウスで『退社』をクリックした時、左腕に何かが軽くぶつかった。
「あ、ごめんね」
すぐに謝罪の言葉がくる。その声で、ぶつかったのが誰なのか分かったが、敢えて視線を向ける。案の定、佐々木が申し訳なさそうな顔をこちらに向けていた。しかし、段ボールを二段持ちし、前が塞がれている姿は予想外だった。
思わず明典は、佐々木が持つ上の段ボールを抱え上げた。慌てて彼は「大丈夫だよ」と言うが、もう一つの段ボールで両手を塞がれているため、抵抗することは出来ない。段ボールが一つ無くなってもあまり楽になったようには見えないことから、おそらく下にあった段ボールの方が重たいのだろう。しかし、わざわざ持っている物を交換するのも不自然であるため、明典はそのまま「どこに運ぶんですか?」と尋ねた。
「佐々木さんのデスク?」
「いや、奥の棚なんだけど……」
佐々木が申し訳なさそうに言うのは、その棚がもう一つドアを越えなければならない所にあるからだろう。この人はあんな状態であそこまで行こうとしていたのか。誰かに手伝って貰えばいいのに。思いはしても、特に何かを言うわけでもなく明典が奥の棚へ進むと、その後ろを佐々木が着いてくる気配がした。段ボールを持ったままでも開けることの出来たドアは、まず佐々木に通らせる。部屋のスイッチは、彼が段ボールを押し付ける形で入れられた。
「手伝ってもらってごめんね、宮家くん」
目的の棚の前で持っていた段ボールを床に下ろした佐々木は、明典を見上げながら眉をハの字にして微笑んだ。その額には、うっすらと汗が滲んでいる。かなり重量のある物だったのか、それとも運ぶ距離が長かったのか。どちらにしても、無謀なことをしようとしていたのは分かった。
「誰かに手伝って貰ったら良かったのに」
「そうなんだけど……、何か申し訳なくってさ」
段ボールに貼られているセロハンテープを剥がしながら、佐々木が苦笑したのが分かる。人に頼み事をするのを苦手とする彼の性格に、明典は静かにキュンとしながら、自分が運んできた段ボールのセロハンテープを剥がした。やはり、彼が持っていた段ボールの方が中身がつまっている。
「ありがとね。あとは俺がするから。宮家くん、帰るんでしょ?」
「そうですけど……まだ時間あるんで手伝えますよ」
「いいよ、大丈夫」
見下ろすのも悪くはないが、やはり同じ高さで笑った顔を見る方がいい。可愛いなぁという心の声が口から出てしまわぬように、明典は剥がしたセロハンテープを回収し始める。無言で佐々木の方へ手を出せば、彼は明典の行動を察したのか、礼を言いながら片手に持っていたセロハンテープを渡してきた。
「うちに来て一ヶ月ぐらいですけど、慣れました?」
ここですぐに立ち去るのも素っ気ないかと、段ボールの中身を漁り始めた佐々木に話しかける。
「うん。皆良い人だし。アットホームだよね」
「まぁ、良いのか悪いのか、それがうちの取り柄でもあるんで。何か困ったことがあったら、誰でもいいんで言って下さいね」
「うん、ありがとう」
「あと、今度荷物運ぶ時は荷台使って下さい。一階の倉庫にだいたい置いてあるんで」
「そうするよ」
ありがとう。
最後の微笑みはかなりの破壊力があった。明典は店への道を進みながら、顔を押さえる。あの人はノンケだ。あの人はノンケだ。そう自分に言い聞かせるが、やはり可愛いと思ってしまう気持ちは止められない。ゲイとまではいわないが、佐々木がノンケではなくバイであれば、もっと距離を縮めていくというのに。溜め息しか溢れてこなかった。
しかし、佐々木が自分の部署に馴染めていることが分かって安心した。出向前の所と勝手が違うのか、戸惑う彼の姿はよく覚えている。最近は誰よりもてきぱきと仕事をこなし、同僚とも緊張の取れた顔で会話をしているのを知っているため、特に心配していたわけでもなかったが、嘘も誤魔化しもないあの顔を見ることが出来て良かった。もし少しでも表情が曇っていたら、今の距離を縮めないでいる自信はない。
気が付けば、待ち合わせ場所である店の前に着いていた。鞄からスマートフォンを取り出し画面をつけるが、待ち合わせをしている人物からの連絡はない。どうしようかと考えることもなく、明典は店の引き戸を開ける。先に到着した方から店へ入るというのが、今回待ち合わせをしている人物とのルールだ。引き戸を開ける音に反応し、店員が元気よく「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた。
「ご予約はされていますでしょうか?」
「はい。村田です」
予約してあるとは聞いていないが、相手の性格を考えて予約しているだろう名前を口にする。店員は予約リストを確認すると、明典に対して再び笑顔を向けた。
「二名でご予約されている村田様ですね。お連れの方は……」
「後で来ます。先に入ってもいいですか?」
「どうぞ。ご案内いたします」
ご予約、二名様入ります。
他の店員に向けた言葉に、複数の「いらっしゃいませ」という声が重なって返ってくるのを聞きながら、明典は前を歩く店員の後をついていった。
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