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運命の相手6
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佐々木が会社の裏口にあると思っていたゴミ置き場は、実のところ社内にある。確かにゴミ収集車は裏口に停まるのだが、そこにある扉から集められたゴミ袋を取り出すのだ。社員がゴミを出す場合は、社内からそこへ続く扉を利用する。そのことを簡単に説明しながら、明典は佐々木と一階へ向かった。ゴミ置き場へ行くまでは誰ともすれ違わなかったが、帰り道ではポツポツと出勤した社員に会う。一人一人に挨拶をしながら歩いていたが、男性社員とすれ違った時、明典は違和感を覚えてその足を止めた。
隣の佐々木もその違和感を感じたのか、明典と一緒にすれ違った男性社員を目で追った。
「…………なんか、変ですよね」
「うん。なんか……変だね」
なんだろう、この違和感は。何かがおかしい。
二人で首を捻っていると、その違和感は第三者によって言い当てられた。
「おはよう。二人とも暑苦しい格好してるわね。クールビズはどうしたの?」
そう声を掛けてきたのは営業部で名うての女性社員、山本だった。
彼女は自ら口にした『クールビズ』の言葉通り、白いワイシャツの上にライトグレーの七分丈ジャケットを羽織るという、なんとも涼しげな格好をしていた。その一方で、明典も佐々木もきっちりとネクタイを締めた格好をしている。すれ違った男性社員に感じた違和感はこれだ。男性社員から見ても、明典と佐々木は違和感の塊だったかもしれない。
やってしまった。会社がクールビズ期間に入って1ヶ月は経つというのに。昨日までは明典もネクタイを取り除いた格好をしていたのだが、何も考えないように徹しながら準備をしたせいで、長い冬場に培った癖が出てしまった。
佐々木がどうしてネクタイを締めているのかは分からないが、おそらく明典と同様に癖が出たのだろう。彼は慌ててネクタイを取り出している。
そんな中、明典は山本と目があった。彼女は何を考えているのかよく分からない目で明典を上から下に、下から上にと眺める。よりによって面倒な人に見つかった。山本は学校教師並みに、身嗜みへ煩いのだ。他の人だったら見てみぬふりをしたとしても、山本は見逃さない。たとえ他部署の社員だとしても。
「……ぼーっとしてました」
「そっちはめったに社外へ出ないだろうけど、こういうのはきっちり守ってね」
「すみません。気を付けます」
彼女はきっと、朝目が覚めた時から頭が冴え渡っているような人間なんだろう。頭の先から足の爪先まで、抜かりなくきっちりとした格好をしている。化粧のせいか、それとも元々の顔立ちのせいなのか、少々キツい雰囲気のある彼女から発せられる言葉は、ふんわりとした雰囲気を持つ女性からとはやはり異なる。
しかし、素直に謝れば、彼女は表情を緩めた。
「でもやっぱり、ネクタイって良いわよね。男らしくて」
そう言いながら、山本は明典のネクタイを軽く触って少し上目がちに微笑んだ。明典は後退りしたくなるのをぐっと堪える。それほど高いヒールを履いているわけでもないだろうに、山本の身長は佐々木と然程変わらない。佐々木も男性の平均身長にいくかいかないかぐらいだが、おそらく彼女は女性の中でも身長の高い方なのだろう。そんなことを考えていると、山本はさっと身を引いた。
「じゃあね、宮家くん」と山本は再び綺麗に笑って颯爽と自分のオフィスへ入っていく。ドアが閉まる音と共に、明典は溜め息をつきながら彼女に触れられたネクタイを取った。
「……美人さんは何をしても様になるね」
隣の佐々木が小さな声で話しかけてきた。そういえば、他の同僚も山本に対して佐々木と同じ感想を持っていたことを思い出す。スタイルが良いだとか、キツい雰囲気が堪らない、だとか。SMクラブで働いてたのではないか、だとか。
あれだけの美人で未だに未婚であることに対しては、社長の愛人なのではないかとか、レズビアンなのではないかとか。彼女の噂は尽きない。それほど彼女は人の注目を集めているということだろう。しかし不思議と、山本のことを嫌う人はいないのだ。その見た目に負けず劣らずな営業成績を常に叩き出しているのだから、僻みの類いぐらいあってもおかしくないというのに。
他部署だから聞かないのか、それとも彼女の世渡りが上手いのか。はっきりしたことは何も分からないが、明典は少しだけ山本のことが苦手だった。先程のように、然り気無く人のパーソナルスペースへ入ってくるのが、妙に気になるのである。
「宮家くん、山本さんと親しいの?」
「そんなことないですよ。あの人うちの部長と仲良いんで、ちょっと話したことがあるだけです」
「そうなんだ……」
取り外したネクタイを折り畳み、ジャケットの内ポケットへそれを仕舞う。再びオフィスへ帰る歩を進めるが、佐々木は未だに山本のことが気になっているようだった。明典は佐々木を見下ろす。
「……佐々木さんって、山本さんみたいな人がタイプなんですか?」
「えっ!?いやっ!そんなことないよっ!綺麗だなぁとは思うけど!」
冗談で言ったというのに、佐々木は手と首を振りながら慌てて否定する。その取り乱し様は最早肯定しているようなものである。その分かりやすい反応が可愛く思え、明典の悪戯心を絶妙にくすぐった。
「……面食いですね」
「違うってば!」
「彼氏いないらしいですよ、山本さん。チャンスじゃないですか」
「もー!だから違うって!からかわないでよ!」
みるみる内に赤くなる佐々木の顔を、明典はにやけないように気を付けながら眺めた。こういう表情もするのか、この人。
「み、宮家くんはさ、どうなの?山本さん」あからさまに佐々木は明典への話を振ってくる。
「俺は……」
明典は佐々木の顔をじっと見つめた。丸い輪郭に二重の丸い目、少し厚い唇、高くない身長、細い肩。そんな佐々木に見上げられる方が、山本の上目遣いよりもグッとくる。
「………美人より、可愛い系が好きですね」
「………贅沢だなぁ、宮家くんは」
何が贅沢なのか。佐々木の言葉に含まれる意味はよく分からなかったが、口元を隠しながらクスクスと笑う彼の姿を見ていると、明典の胸はじんわりと温かくなっていった。
そんな彼の横顔が、一瞬夢に出てきた男と被ったが、家を出る時ほど駆り立ててくるものはない。
あいつとは、こんな軽い会話もしたことがなかった。他意のない言葉を深読みするような男だったため、からかえる相手でもなかった。
やはり佐々木とあの男は違う。見た目は被っても、全く違う。そう思うと、明典はひどく安堵した。
携帯していない時ほど、普段滅多に来ない連絡が来たりするものだ。帰宅した明典の目にまず止まったのは、朝と同じ場所にあるスマートフォンがメッセージの受信を告げる点滅だった。誰からだろう。一瞬思い浮かんだのはあの男のことだったが、彼のメッセージはだいたい明典が寝ようか寝まいかとしている時に来るため、時間としてはまだ早い。彼ではない。そう自分に言い聞かせ、画面の明かりを付ける。ロックを解除する前に表示されたメッセージの差出名欄には『アキさん』と書かれていた。その名前を見て、いつの間にか入っていた身体の力が一気に抜ける。
『今日飲みに行こう』
大学時代の先輩であるアキは、こうやって何の前触れもなく飲みに誘ってくる。定期的というわけではなく、突然来るのだ。そしてそのだいたいは、前もってこちらの予定を確認するものではなく、その日の誘いである。
そんな急に誘われても、こっちにも予定がある、や、飲む気分じゃない時だってある、と思うのだが、何故だかアキから連絡が来る日は大抵、特に予定が無かったり、飲みたい気分だったりするため、断ったことはない。今日も今日とて、後者の方である。
村田が、アキは明典のことを気に入っていると言っていたが、それは違うと思う。彼にとって自分は、飲みたい時に誘っても必ず断らない都合のいい後輩といったところだろうと、明典は踏んでいた。
メッセージを受信したのは昼だった。今は18時30分を過ぎたばかりの時間である。この6時間ばかりのブランクに、そろそろ送り主が痺れを切らしている頃だろう。明典は急いで『行きます』と返信しようとしたが、送信ボタンを押す前に、今度は電話を着信した。
相手は当然、アキである。
「お疲れ様です」
『メイテン?お前、行くにしても行かないにしても返信ぐらいしろよ』
「今日スマホ持っていくの忘れたんですよ。今メッセージ見ました。どこで飲みます?」
『いつもの居酒屋でいいだろ。何、お前今家にいんの?』
「そうですけど?」
『あっそ。お早い帰宅だな』
久しぶりに聞く声は相変わらず色っぽく甘いのだが、そのぶっきらぼうな口調が非常に残念でならない。しかし、こんな人なのだ。出会った時から。
受話器越しにふぅっと長く息を吐く音が聞こえ、彼が煙草を吸っていることが分かった。3ヶ月ほど前に飲んだ時、禁煙すると言っていたが、どうやらそれは失敗に終わったらしい。
「……アキさんはまだ会社ですか?っていうか、喫煙所ですか?」
『よく分かるな』
「禁煙、失敗したんですね」
『あ゛?減煙中だよ。ったく、細かいこと覚えてんなよなぁ』
「揚げ足とるのが好きなもんで」
『相変わらず性格悪ぃなお前。まぁいいわ。19時な。遅れんなよ』
電話を切り、明典は再び時刻を確認した。19時か……。シャワーを浴びたかったが、そんな余裕は無さそうだ。取り敢えず一通り着替えるかと、明典はシャツのボタンを外した。
人に遅れるなと言っておきながら、おそらくアキは遅れてやってくるに違いない。しかし、だからといって明典が遅れてしまえば、着いた瞬間小言を言われるのは目に見えている。彼との待ち合わせで遅刻したためしはないが、あの性格を考えると容易に想像がついた。
クローゼットを開けて、すぐに目に入った無地のTシャツを着る。下はスラックスからジーンズに履き替え、財布と鍵の他に、今度はスマートフォンを持って明典は家を出た。
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