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運命の相手7
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テーブル席は埋まっているからと、今日はカウンター席に通された。そのカウンター席も、明典が二席とることによって全て埋まってしまう。やけに今日は客が多いなと思っていると、隣の席に座る客の会話から明日が祝日であることを知った。何故アキが今日飲みに誘ってきたのかも、納得がいく。祝日など関係のない仕事をしていると、どうもこういったことに鈍くなってしまう。明典の次の休みは祝日を飛び越えた次の日だった。
案の定、約束の19時を過ぎてもアキはやって来なかった。彼のことを考慮しながら適当に料理を注文し、出てきたお通しを摘まんでいると、店の引き戸が音を立てて開く。
店員と共に入り口へ視線を向けると、仕事帰りとおぼしき175はある男が出迎えた店員と話しているのが目に入った。遠目から見ても、男の綺麗に整った顔がよく分かる。漸く待ち合わせしていた男が来たのだ。3ヶ月ぶりだが、何も変わっていない。店員と話ながら見回した店内で、アキも簡単に明典を見付けたのか、軽く手を挙げて近寄ってきた。
「よー、メイテン。やっぱお前デカいから目立つな」
「お疲れ様です、アキさん。やっぱり遅れましたね」
「10分の遅れぐらい多目に見ろよ」
隣に座ったアキからは、彼が好んでつけている香水の匂いがした。程よい太さの眉はキリッと上がっている。その下に位置する二重の目は眉に対してバランスよく垂れており、その周りは長い睫毛で囲まれていた。中央の高い鼻は綺麗に筋が通っており、薄くも厚くもない唇の左下には小さな黒子がある。全て計算しつくされたような、色っぽい顔だ。ダークトーンの茶色い髪はふんわりとウェーブがかかり、明典の癖っ毛とは質が違う。いわゆる、色男だ。大学時代に比べれば落ち着いたが、遊び慣れているような雰囲気は一層強くなった気がする。
おしぼりで手を拭いているアキは、ちらりと明典を見た。目力のある目と目があった瞬間、隣の彼は突然吹き出す。
「おっ前、何だこのテロンテロンなTシャツは。もう捨てろよ」
「久しぶりに会って早々、服装のダメ出し止めて貰えますか。いいんですよ、アキさんと飯食うだけなんですから」
「日頃から服装に気を付けとかないと、大事な時にボロが出るぞ」
「そんな時でも俺は背伸びしないんで、大丈夫です」
相変わらずだなぁと笑った所で、アキのダメ出しは終了した。学生の頃だったらここでくどくどと持論の混ざった説教が始まっただろうが、それがないのも彼の性格が丸くなった証拠だろう。取り敢えずビールと、アキはカウンター内にいる店員に注文する。明典が事前に注文していた料理とビールは同時に出てきた。
だし巻き玉子、焼き魚、軟骨の唐揚げにホウレン草とモヤシのナムル。それにビールのジョッキ2つに灰皿1つで、カウンターテーブルは一杯となる。
ジョッキを合わせ乾杯すると、ビールを半分飲み干したアキは、料理に手をつける前にごそごそと煙草を取り出した。ただ咥えた煙草に年期の入ったジッポで火をつけるというだけなのに、彼がすると何故だか色気がある。下唇を少し突き出し、煙を上に吐き出す横顔まで、綺麗だ。明典の視線に気が付いたアキは、何を思ったのか「ん」と煙草を差し出してきた。別に煙草が吸いたいわけではなかったが、一本貰うと先端に火をつけてくれる。
「どうよ、最近」紫煙を吐き出しながら、アキは大雑把な質問をしてきた。
「どうって……特に何もないですよ」
「女できた?」
「出来てません」
会って早々、こんな話題を振ってくるのも彼らしい。ここでアキが女性と言ったことで、そういえばこの人はにはゲイであることを話してなかったと昭典は思い出していた。もう8年近くの付き合いになるが、彼にはカミングアウトをしていない。この8年間でカミングアウトしなければならない状況に陥ったことは一回も無いからだ。「お前、本当浮いた話ないよなぁ」とつまらなそうに言う彼が知らないことは、案外多い。
「アキさんは、最近どうなんですか?」
「俺?俺はまぁ、こんな見た目だし?誰かさんと違って身嗜みも気にしてるし?放ったらかしにされるわけないよなぁ」
「はいはい。モテる男は大変ですね」
貰った煙草の煙を一吹きして、昭典はアキの発言を受け流す。出会った時からこんな調子の彼にはもう慣れきってしまっているが、どんなに見た目が整っていてもナルシストな発言は残念極まりない。そんなことに気が付いてもいないだろう彼は、昭典の頭に手を伸ばしてぐりぐりと乱暴に撫で回しながら「お前も服装とか髪型とか眉毛とか、ちょーっと気ぃ使えば、もさっぽさもどうにかなるのになっ!」と楽しそうに弄ってくる。昭典は然り気無くその手をのけながら、ふと最後に飲んだ3ヶ月前のことを思い出した。
「そういえば、この前飲んだ時に付き合い出したって言ってた彼女はどうなったんですか?」
「あ?別れたよ。とっくの昔に」
「ってことは、また遊ばれたんですね」
「『また』とか言うな。失礼な奴だなっ」
頭を撫でてきた手で今度は肩を叩かれた。たいした痛みはなかったが、昭典はその部分を擦りながら、おそらく3ヶ月前の彼女もアキが遊びで付き合っていると思っていたのではないかと推測する。彼女はころころと変わるが、意外とその一つ一つを真剣に考えているなど、彼の見た目からは想像できないのだろう。彼も彼で慣れているのか、傷心している様子はない。
「でもどうせ、もう次の彼女出来たんでしょ?」
「出来てねぇよ」
「珍しいですね」
「ま。言い寄られてはいるけどなぁ」
「いるけど?」
「ちょっと……考えてる」
「アキさんでも考えることってあるんですね」
「どういう意味だよ?」
素直な感想を言えば、灰皿で煙草を潰しているアキが睨んでくるのが分かった。しかし、それには全く気付いていないふりをして、昭典も煙草を灰皿へ押し付ける。
美人だったら誰でも良いのだと思っていた。
店員が運んできてから大分経つだし巻き玉子を口に運ぶと、少し冷たくなっている。咀嚼しながら思い当たったのは、村田の結婚だった。そうか。もしかすると、彼もそろそろ結婚を考えているのかもしれない。
半分残っていたビールを飲み干したのか、アキが再び同じものを注文する声が聞こえてきた。それが出てくるまでに、彼はだし巻き玉子へ手を出す。一口食べると、「仕事は?」と違う話題をふってきた。
「定時に帰れるぐらいには順調ですよ。アキさんは?」
「俺は……まぁ、いろいろとな」
歯切れの悪い言葉が返ってきたため、昭典は様子の変化に首を傾げた。
「話したっけ?」新しいビールを受けとりながら、アキが言う。「俺、今年度からちょっと昇進したんだよ」
「聞いてないです。良かったじゃないですか」
「まぁなぁ」
「じゃあはい、お祝いです。遠慮せずに飲んで下さい」
「どうせ俺持ちだろ?」
「どうぞどうぞ。よっ、部長」
「まだ部長じゃねぇよ。調子いいこと言いやがって」
そんなことを言いながらも、アキは満更でもない顔をしてビールをあおった。気持ちよく飲み込まれていくビールの横で、明典は焼き魚の身を解し始める。小骨を嫌うのだ、この隣の男は。ジョッキがカウンターテーブルに置かれた音がすると、当然のようにアキは明典が解した焼き魚の身を口に運んだ。そして「大将、ビール」と次の酒へと進む。もう飲んだのか。ピッチの速さに、これはそうとう溜まってるなと隣の彼に目を向けた。
最初から、これが本題だったんだろう。一体今日はどんな愚痴が飛び出てくるやら。愚痴など縁の遠い顔をしているが、酔っ払うと溢れるほど出てくる人である。明日が休日だということは、今日はかなり飲む気だろう。でろんでろんになるまで酔っ払ったら、タクシーへ突っ込んでさっさと帰ろうと、この段階から明典は帰りのことを考える。
明典が次の酒を注文する時、すでにアキは4本目に突入していた。
「だっから今年の新人がぁ!まっじで信じらんねぇことすんの!これだからゆとりゆとりって馬鹿にされんだよっ」
「声大きいですよアキさん。俺達もゆとりど真ん中ですって」
注文した料理は全て食べ終わり、アキのビールが焼酎のロックに変わった辺りから、だんだんと話が噛み合わなくなってきた。気が付いた時には既に出来上がったアキが隣におり、見ていて引くほど焼酎を飲み干していく。そんな彼へ明典は既にアルコールから切り換えていた自分のお冷やを「焼酎ですよ」と嘘をついて差し出した。しかしそれを一口飲んだ彼は「水じゃんっ!」とグラスを押し返してくる。どうやら焼酎と水が分からなくなるほど酔っているわけではないと、明典はアキの酔い加減をはかり始めていた。
「確かにうちの会社はちょっと規則緩いけど、でもピアスは駄目だろー!しかも軟骨!元々空いてたなら仕方ねぇけど、今さら空けるって何だよ!デビューかよっ!学生の頃にやりきっとけよ、そういうことはっ!」
「アキさんだって社会人になってからピアスホール増やしたでしょ。耳朶も軟骨も同じですよ。はい、焼酎です」
「だから水だろって!まだそんなに酔ってねぇよ!」
「十分酔ってるように見えますけどね」
アキの場合、肌の色は変わらなくても、目が赤く潤んできたら酔ってきた証拠である。睨み付けてくる垂れ目は既に潤んでおり、素面の時ほど目力はない。しかし、妙な気分にさせる危うい目だと、明典は思う。本人は全く自覚はないだろうが。
再び焼酎のロックを注文したアキの横で、それを水割りにするよう明典が頼むと、彼からは何の文句も返ってこなかった。急に大人しくなったと思えば、今度はカウンターへ俯せている。
「大丈夫ですか?アキさん。吐くならトイレ行ってください」
「まだ吐かねぇよ。……くそっ。こっちはただでさえゆとりゆとりって馬鹿にされるから、いつも気ぃ張って失敗しねぇようにしてるっつーのに。生まれる時代なんて選べねぇっつーの。そんなにバブルが偉いかよっ」
「周りの客を敵に回しかねないこと言わないでください」
声のトーンは下がったが、愚痴は続いていた。それほど溜まっているということだが、いよいよ明典も溜め息が出てきてしまう。気付かれないようについた溜め息だったが、その耳にはしっかりと届いてしまったようで、アキは少し黙った。そして「ごめんな……愚痴ばっかで」とくぐもった小さな声が聞こえる。
「……アキさんがド真面目に仕事頑張ってるのは知ってますよ。だから出世できたんでしょ?凄いですって。俺なんて出世しようとも思ってないですよ」
「ごめんついでに、頭撫でて」
「唐突ですね、あんた」
突然の甘えに明典は不覚にも胸がキュンとする。こういう男であることは今まで飲んできた中で十分知っていたはずなのだが。おそらく女性も、彼のこんな所にやられるのではないか。分かっててやっているとすれば、かなりの小悪魔だ。
言われた通りに頭を撫でると、その手触りは柔らかかった。顔が小さい分、頭もそれほど大きくない。この中に詰まってる脳で、必死にいろんなことを考えてるんだろう。彼が見た目に反してド真面目だということは、大学時代からよく知っている。当時付き合っていた彼女が怠いからという理由で講義をサボろうとした時、それを咎めたせいで大喧嘩となって、結果破局したという話はよく覚えていた。
口が悪くて、性格もキツく、自分のことは棚上げにしたような発言も時折聞かれる彼と、卒業後もこうして付き合いを持ってるのは、ド真面目な部分を知っているからだ。後ろを見ずに先走ってしまう所がある彼が、会社で一人浮いていないかと心配になるぐらいには、明典もアキのことを考えている。
大人しく自分に頭を撫でられる彼が、大きな溜め息をつくのが分かった。この人が弱っていると、どうにも調子が狂う。明典は柔らかい髪の毛から手を離し、なんとかこの空気を変える言葉を絞り出した。
「……アキさん。髪の量減りました?」
「減ってねぇよ!怖いこというなっ!」
ちょっとした冗談であるのに、アキは後頭部に手を当てながら勢いよく頭を上げる。それを見る限り、自身の髪質や頭髪のことを気にしているのだと分かった。明典は自分の顔が意地悪くにやけるのが分かる。今度何かあった時はこれで弄ってやろうと、自分の記憶の中に刻み込んだ。
「そんなに溜め込んでるとすぐ禿げますよ」
「まだ禿げねぇよ!禿げてたまるか!」
「はいはい。じゃあ禿げが早まりそうな話題は止めましょ。禿げたらさすがのアキさんも残念ですから」
「禿げ禿げ言うなっ!!毛むしるぞっ!」
「どうぞどうぞ。量が多くて困ってるもんで」
恨めしそうに睨み付けてくるアキに、明典は笑いが吹き出した。まだ心配するほどでもないというのに、そんなに気にしているというのか。誰にだって悩みがあるもんだな。明典は自分のお冷やに口をつける。
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