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運命の相手9
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「何やってんですか、もう」
「立たせてー」
転んだアキはそのまま座り込んで、上機嫌に両手を広げてきた。これでもう何度目になるかも分からない溜め息をついて、明典はアキの腕を引っ張るが、なかなか立ち上がることが出来ない。脚でも捻ったか。仕方なく広げた脇に両腕を通し、その身体を持ち上げる。すると、彼は案外すんなりと立った。
変だなと思った時には、アキの顔が必要以上に近くにあることに気が付く。しかし、それは遅かった。そのまま両腕を首に絡められ、壁へ押し付けられるのと同時に柔らかい感触が唇にあたる。それはすぐに離れたが、代わりにアキの潤んだ垂れ目が見上げてきた。
「………………何やってんですか、あんた」
「……別に。男とのキスってどんなもんかと思って。案外普通だな」
アキは首に絡めた腕を外すと、頭をかきながらリビングへ入っていった。それを無意識に追い、中へは入らなかったがドアの所で明典は立ち尽くす。何事もなかったかのように、彼は明典が置いたコンビニ袋を漁った。
「……言い寄られてるのって、トモヤからなんだよ」
「……まぁ、察しはついてましたけど。アキさんって男もイケるんでしたっけ?」
「ぶっちゃけ俺の美的センスに当てはまっとけば、どっちでもいいっつーか。付き合ったことはないけど」
「へぇ」
「でもさすがに8つも離れてたらなぁ。迷うっつーか」
アキの手によって一本取り出された缶ビールが気持ちのよい音を立てて空いた。乱暴に扱っていたため、溢れてくる泡を慌ててアキが飲み込んでいく。そんな姿を呆れた目で眺める明典は、店でのトモヤの印象を思い出していた。嬉しそうにトモヤと話すアキの姿と共に。
「…………別にどうでもいいですけど。俺は止めといた方がいいと思いますけどね」
「8つも離れてるから?」
「いや。どうせあんたの『見た目』で寄ってきただけでしょ?」
この言葉の意味をどれだけ理解できたのかは知らないが、すかさずアキはむすっとした顔を向けてきた。バーでは散々、トモヤとの出会いや年下だからこそ可愛いのだということを聞かされたのだ。考えていると言いながら、アキの中ではもう答えが決まっているんだろう。そんな相手のことを悪く言われれば、良い気などするはずがない。しかし、印象が悪かったというだけで、明典は忠告したわけではなかった。それも理由の一つだが、それ以上に何か引っ掛かるものがある。それが何なのかは、よく分からないが。
「じゃあ俺帰りますんで。今日はご馳走さまでした」
「帰るのかよー。泊まってけばいいじゃん」
「嫌ですよ。明日仕事だって言ったでしょ」
「仕事着ぐらい貸してやるって」
「上はともかく、下は足りませんよ。長さが」
好意を持っている相手のことを悪く言ったというのに、アキは明典を引き留めた。泊まるって言ったって、どこに寝ればいいのか。ソファーらしきものはないと言うのに。アキは缶ビールを持ったまま、ベッドへ腰掛けると「ん」と言いながら、明典をじっと見つめてその隣をポンポンと叩いた。同じベッドで寝るつもりか。冗談じゃない。酔っていない彼とならまだしも。
「いや、帰ります」
「何で?」
「酔ってるアキさんって、危ういんで」
「危うい?」
「食われそう」
「食わねぇよ!」
いや、逆だ。食いそう。
今まで一緒に飲んだ時も薄々感じていたことだが、酔ってない時と酔った時のギャップがここまで凄まじいとは思わなかった。バーからの帰り道、押し殺してはいたが、普段は絶対に見せないアキの甘えっぷりに、明典の胸は何度もときめいていた。
これでもし、ふざけて押し倒されてみろ。バイだと知ってしまった今、手を出さない自信はない。
渋るアキを何とか言いくるめ、明典は彼の家を後にした。しかし、彼の潤んだあの垂れ目が何度も頭の中に過ってくる。その度、明典は頬を叩いて自分を我に返らせた。
甘えられるのに弱いことは知っていたが、そのツボを絶妙に押さえてくる相手はあのアキなのだ。好みのタイプとは真反対の見た目をしている、ナルシストで口の悪いアキなのだ。自分を、何でも言うことを聞く後輩としか思っていない、彼なのだ。それを、可愛いなどと思ってしまう方が可笑しい。
これから彼と飲む時は、今回ほど酔っ払う前に解散しなければならない。それが出来なかった場合は、家まで送っても中へ上がってはいけない。間違いが起こってしまう可能性が高い。酒が抜ければ、いつものキツい性格をした彼なのだから。
落ち着いたかと思えば、再び記憶が反芻されるという無限ループに陥ってしまった頭の中に悶えてきた頃、ジーンズの後ろポケットに突っ込んでいたスマートフォンが鳴った。一瞬アキからかと思ったが、そうではない。安堵で胸を撫で下ろしたが、その中に少しでも残念だと思っている自分がいるのも嫌になってしまう。溜め息を溢しながら、明典は着信に出る。
「何だ?正」
『あ!メイテン起きてたー?ってことは明日休み?』
「休みじゃない。今から帰るとこ」
『えー。なんだよ、空いてるなら一緒に飲もうかと思ったのにぃ』
「悪いな。もう帰って寝たいんだよ」
電話を掛けてきた正の声は酔っているようだったが、この前の電話の時よりかなり落ち着いていた。明典が誘いを断ると、渋る様子もなく仕方ないなとすんなり身を引く。
『じゃあ、またな』
「あぁ、おやす……」
電話を切ろうとした時、何故だか明典の頭の中にトモヤのことが浮かんだ。急いで正を呼び止める。
「お前、トモヤって奴知らないか?」
『トモヤ~?そんな名前の奴、ごろごろいるだろ』正は呆れた声を出したが、すぐに何か思い当たるものがあったらしい。『あー……でも、なんか聞いたことあるかも。誰だっけ?』
「大学生らしいんだ」
『うーん…………。駄目だ、酔ってるし思い出せない。また思い出したら連絡するよ。期待はすんなよ』
「あぁ、悪いな」
おやすみと言って、正との電話を切りながら、明典は首を傾げた。何でこんなにも、トモヤのことが気になるんだろうか。あれは確かに、初めて会った男だというのに。
記憶を手繰ろうかとしたが、正の着信の前にメッセージを受信していたことに気が付き、明典は考えるのを止めた。
あの男からだ。
『何してる?』
メッセージは3時間ほど前に送られてきていた。もう相手も寝ているだろうと、そのまま何も返さずにスマートフォンをポケットへ入れようとしたが、一瞬考えた後、明典は返事を打った。
『先輩と飲んでた』
『彼氏?』
すぐに返ってきたメッセージに、さすがの明典も驚く。
『いや、ただの先輩』
『そっか。良かった』
相変わらず、何が良いのだろうか。明典の胸の中に悶々とした晴れない気持ちが出てくる。
しかし、ここで漸く現実に戻ってきたような気がした。そうだ、今までは夢かなんかだと思って忘れてしまおう。あのアキのことを、自分が可愛いなど思うわけがないのだから。
しっかりとした足取りで帰路につくことが出来たのは、アキの家から出て30分後のことだった。そしてここが初めて来る場所で、どこをどうやって帰ればいいのか分からないことに気が付くと、彼に対して段々と腹立たしい気持ちが沸いてくる。
そうだ。こんなものだ。アキに対しての気持ちなんて。胸がときめいたのも、可愛いと思ってしまったのも、全ては気の迷いなのだ。
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