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酒に酔っても食われるな2
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大の男が二人入っても、空間には余裕がある。しかし、シャワーヘッドから全開で流れ出てくるお湯が、すぐに明典の衣服を濡らしていった。俯いたまま黙って立っているアキに、触れてもいいものか考えあぐねていると、彼は頭を明典の肩へ預けてくる。そして長い溜め息をついた。
「…………お前、あいつが俺の『見た目』で寄ってきたって言ったよな?」
「言いましたね」
「俺ってそんなに、簡単にヤれそうな男に見える?」
「……まぁ、酔ってたら」
「……そっか」
こんな時に、自分は何を馬鹿正直に答えているんだろうか。今はこの目の前の人を慰めるのが先決だというのに。しかし、日頃から使っていない上手い言葉が、こんな時に限って出てくるわけがないのだ。
暫く、この体勢のままお互い無言となる。シャワーヘッドから流れ出るお湯が浴室の床に当たり、明典の履いているジーンズは水分を含んで重くなっていった。濡れたTシャツは身体へとへばりつく。その上からアキの体温を感じ、心臓の動きが速くなっていくのが分かった。明典は彼の肩を触る。震えは止まっている。
「他に怪我はないですか?」
肩に預けられた頭が頷く。
「……自分の見た目に自覚を持ってるなら、人を見極める目も持って下さい。近寄ってくる人が皆、良い人間とは限らないんですから」
「んなの分かってるっつーの。オカンかよお前は」
「俺だって生んだ覚えないですよ」
段々と、アキの口振りがいつも通りになってくのが分かり、明典は安堵感を覚えた。しかし同時に、説教じみた言葉しか出てこない自分を情けなく感じ、胸が痛くなる。確かにトモヤがセックス目的でアキに近付いているとは思った。しかしそれは、おそらく自分がゲイで、そういった男を見てきたからだろう。しかし、こんなことを仕出かす男とまでは見極められなかった。引っ掛かる点はあったというのに。
相変わらずアキは俯いていたが、暫くすると「あちぃな」と呟く。夏に入りかけている今、お湯によって温められた浴室に長時間いるのは難しい。アキのだらりと落ちていた手が肩を掴んできたのを合図に、明典はゆっくりと彼の腰へ触れた。お湯の温度を調節したあと、シャワーヘッドを持ち、彼の肛門へと当てる。少し力を入れて指を押し付けると、すんなりと指は入っていったが、すぐにきつく締め上げられた。
「……アキさん、もうちょっと腰付き出せます?」
「…………んっ」
「すぐ終らせるんで、出来るだけ力を抜いてください」
「……痛ってぇ。くそっ」
無理矢理されたのだ。切れているのかもしれない。それか摩擦で腫れているか。長く息を吐いた彼の身体から力が抜けていく。しかし、しがみついてきた腕には力がこもり、アキが震え出すのが分かった。明典の視界に、彼の腕についている鬱血痕がちらついた。手首から肘にかけて残る赤黒い痕が痛々しい。
こういうものは早く終わらせた方がいい。余計な所には触れないよう注意しながら、明典は中の精液をかき出すため、指を出し入れする。
「あんの、クソガキ……ッ、次会ったら、ぜってぇやり返すっ!」
「返り討ちにされかねないんで、止めてください。あぁいうのはもう関わらない方がいいですよ」
「少し若いからって、俺のことオッサンって言ってきたんだぞ!」
「それだけ大人っぽいってことですよ。小一からしてみれば、中二は十分大人でしょう」
「腹が立つっ!ほんのちょっとでもアイツのこと良いなって思っちまった自分に腹が立つっ!」
「だいたい何であんな奴良いと思ったんですか?アキさんが腹立ててた新人よりも若いですよ?」
「気の迷いだよっ!」
処理をしている間、アキは終始怨み言を呟いていた。この羞恥に対する彼なりの対処だろうが、怨み言を言う気力も戻ってきたのだと思うと明典もほっとする。
後は一人で大丈夫だと言うアキを残して、明典は浴室から出た。濡れた服を全て脱ぐと、彼から言われたように部屋着を借りる。クローゼットの中は衣服でいっぱいだったが、仕事着と普段着と部屋着は綺麗に分けられていた。部屋着の中でも、草臥れた物を着ると、彼の分を脱衣場へ持って行く。声を掛ければいつも通りの声が戻ってきた。
アキが上がってくる前に、明典は部屋の片付けに取り掛かる。まずはフローリングの上に落ちた精液を濡れたタオルでしっかりと拭き取った。使ったタオルはゴミ袋へ入れる。次に部屋だが、どこから手を付けるか迷っていまう。取り敢えずベッドの下に落ちているアキの服を洗濯機に持っていこうとすると、持ったTシャツに違和感を覚えた。広げてみれば、下から腹を通って首まで切られている。よく見れば、両袖も胸に向かって切られていた。
ここまでしたのか。段々と明典の中に怒りが沸いてきた。しかしどこにもぶつけようのない感情だと、その服をゴミ袋へ突っ込むことによって振り払う。
壁に当たって割れたグラスを片付け、テーブルの上に溢れているアルコールを拭く。割れずに残ったグラスはどうしたものかと考えたが、アキに尋ねることなく玄関まで持って行くと、鋏の持ち手を振り下ろして割った。ちょうど風呂から上がってきた彼が、驚いた顔を覗かせたが、気にせずそれも紙に包んいく。
「……メイテン。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと髪乾かしてから出て来てくださいね」
部屋へ戻ると、空き缶やら何やらを片付け、家具を元の位置へ戻す。ここで漸く、アキは部屋へ入ってきた。
「何か食います?食えるなら作りますけど」
「いや、いいわ。疲れたし、寝る」
「じゃあシーツ取るんで、待っててください」
「お前本当、オカンだな」
「さっきからそればかりですね。そこはせめて、オトンにしてくださいよ」
ベッドのシーツを外していく間、アキが後ろで自分を眺めていることには気が付いていた。取り払ったシーツは勝手にタオルや服が入ったゴミ袋の中へ突っ込んでいくが、彼はそれを止めない。夏用の掛け布団のシーツも、同様にゴミ袋へ入れていくと、ゴミ袋はこれ以上何も入らないほど膨らんだ。
全て剥ぎ取ったベッドは店で並ぶ商品と同じ姿になってしまったが、アキは文句も言わずにそこへ寝た。ゴミ袋の口を縛り、玄関へ持っていった明典が帰ってくると、壁の方へ向く彼の後ろ頭が目に入る。
「……他に何か片付けてた方がいい物ってあります?」
「いや、特にない」
「じゃあ俺、ちょっと買い物行ってきますから、ゆっくり休んでて下さいね」
「…………メイテン」
ローテーブルに置いていた財布を取ると、アキに呼び止められる。彼は振り返らずに掛け布団を上へあげた。
一瞬、明典は戸惑う。いいんだろうか。男から酷い目に合わされたばかりだというのに、男の自分が一緒に寝ても。しかしアキはいつまでも掛け布団を上げている。その腕の痛々しい痕を見ていられなかっため、明典は彼の意図通りベッドへと入った。
そうしろと言われたわけではなかったが、アキの身体を後ろから抱き締める。アキも抵抗することなく、明典の二の腕に頭を置く。「固いなぁ」とだけ感想を言うと、そのまま黙った。
シャワーを浴びて温まった身体は、先程まで動いていた明典には熱かったが、今は黙ってその熱を感じる。浴室ではあんなに速くなっていた心臓は、ゆっくりと動いていた。髪も洗ったのだろう。良い匂いがする。相変わらずふわふわだな。口元に髪が当たるが、くすぐったくはならない。
「……起きたら、腕のやつどうにかしましょうね」
「ん」
「下も、傷が出来てるかもしれないから、塗り薬でも買ってきます」
「分かった」
「あと……一応ちゃんと、病院行ってくださいね」
「分かってるよ。オカン」
顔は見えないが、アキが笑うのが分かる。それからまた無言が続いたため、漸く彼は寝ることが出来たかと思っていると、「……悪かったな」と声がした。
「急に呼び出して」
「いいですよ。俺も速く来れなくてすみませんでした」
「お前だったら、あんな俺を見ても動じないと思ったんだ。思った通りだし。全部片付けてくれるし。お前が来てくれて良かったよ」
その言葉に、胸がチクチクと痛む。
「優しい言葉も掛けられないのにですか?」
「逆に慰められてみろよ。情けねぇだろ?男が男にヤられたなんて」
アキが自分自身を嘲笑するのが分かった。「俺は女じゃねぇし。大丈夫。すぐ忘れてやる」という言葉は、明典ではなく自分に言い聞かせているのだろう。明典は抱き締める腕に少しだけ力を込めた。アキらしいといえばそうだが、こんな時までも強がる彼が痛々しい。
「……あんなこと言いましたけど、アキさんは何も悪くないですよ」
「………急になんだよ…止めろ」
「良いなと思ってる男を家に上げるのだって、そこで一緒に酒を飲むのだって、普通ですよ。それなのに無理矢理手出したアイツが悪いんです。頭おかしいんです」
「………………」
「強がる必要なんてないと思いますけどね。惚れた奴からあんなことされたら、誰だって傷付きますし、傷付かないんだったら、それこそ頭おかしいんじゃないですか?」
「……そうか?」
「……そうですよ」
「……そっか」
「怖かったですね」
「……ん」
殺されるかと思った。
そう言った彼の声も、温まった身体も震えていた。当然だ。着ていた服まで切られて、腕を縛られて身動きを取れなくされて。彼のスマートフォンがどうして手元に置かれていたのか分からなかったが、あんな風に腕を固定されていれば、手を使うことは出来なかっただろう。電話を掛けることでさえも、一体どれほど時間がかかったんだろうか。何も知らなかったとはいえ、家の住所を尋ねる自分のメッセージを見た時、どんな気分だっただろうか。どれだけ必死に、自分の住所を打ったのだろう。
怖かったはずだ。襲われれば、怖いに決まっている。そこに男も女も、関係あるはずがないのだ。
それなのに、部屋へ来て早々、自分の放った言葉に明典は後悔する。目が覚めて落ち着いたら、まずそのことを謝ろう。漸く震えが収まり、力が抜けた彼の身体を抱き締めて思う。寝息が聞こえてきた。やっと眠れたのだ。
「……アキさん、もう、俺の前以外で酔っ払ったらダメですよ」
無意識に出ていた言葉に、何を自分は言っているのかと恥ずかしくなる。キャラではない。当然返事はなかったため、明典は安心する。
すると段々、自分の瞼も重たくなってきていることに気が付いた。当たり前か。こんな状況を目の当たりにしたのだから。
自分も少し眠ろう。アキよりも早く起きて、薬局へ行って、彼が起きる前に帰ってこよう。
一昨日は中へ入ることを拒んだベッドで、明典も眠りについた。
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