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翡翠と白鷺-1
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「で、直すの? 直さないの?」
いつものように満面の笑みで問い掛けるだけで大抵の生徒は大人しく言うことを聞いてくれるから世話はない。
沢井流学園は嘗ては沢井流空手の門徒と、同じ敷地内に本山を持つ寺院の子弟向けの教育機関として存在していた。
その名残のひとつが校則の厳しさで、年々緩くなって来ているとはいえ毎月の風紀検査は未だに健在だ。
各クラスの風紀委員による検査で×が付くと目の前の1年生のように再指導を受けに風紀室に送られてくる。
校則違反の罰則は仏教校らしく般若心経の写経一巻。
風紀では手に負えない生徒に関しては生指に身柄を移して+αの指導が待っている。
俺が沢井流宗家の人間だと知って媚を売ってくる輩は迷惑以外の何物でもないが、それでも沢井のネームバリューは伊達ではないのでたまに有り難みを感じるときもある。
2年に学年が上がって風紀長に就任してからこんな調子で来たので、このまま1年平穏無事にすんでいくのかと思っていた。
「直さない」
は?
「はい」「すみません」「直します」と今年の1年生は揃いも揃って従順で風紀に楯突く人間は珍しかったから、その台詞が脳内で消化されるのに暫しの時間を要した。
中学生に見えなくもない小さな体のくせに態度の大きさだけは横綱級だ。
それに誰から聞いたかしらないがさっきから人の名前を「シロ」と呼び捨てして馴れ馴れしい。
再指導のチェックリストで名前を探すと、髪色の項目に×が付いていた。
入学式の何日か前に道場で顔を合わせていたと言うから記憶の糸を手繰ると確かにそんなこともあった。
その時練習していた後ろ回し蹴りがいたく気に入ったようだから日を改めてまた来るように言ったが、あの日はこんな不真面目な格好はしていなかった。
今となってみればあの出会いも入学早々に明るい茶髪にするための布石に思えてイラッとした。
「ねえ、自分の言った事わかってる? 今ここで直さないってことは生指に引っ張られるかもしれないんだよ?」
風紀で匙を投げられた生徒は生指部長である体育教師のもとに送られる。
基本的に生指に送る権限は風紀長に一任されているが、生指から呼び出し状が来る事もある。
「俺、テストで成績上位だったから大丈夫だしー」
ひけらかすように突きだされた明るい茶髪が視界に入るだけで胃がカッと熱くなる。
春休みに会った時には清楚な黒髪が可愛らしく思えもしたが、今はもう腹立たしいという感情しか湧いてこない。
1学期のはじめのテストなんて中学の延長だ。
俺の学年でも、中間でガタ落ちして泣きを見たやつを何人も知っている。
世の中舐めまくったこの1年も一度赤点取って痛い目見ればいい……なんて本音を言うわけにもいかないから目を閉じて頭の中を一度空にして心を落ち着ける。
「生指に呼ばれると何されるか知ってるよね?」
平常心を取り戻した俺の問いかけに対して返ってきた答えがどうしようもなさすぎて頭を抱えた。
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