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翡翠と白鷺-3
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次の日もまた次の日もお気楽な1年生は懲りずに風紀室にやってきては般若心経をしたためて帰って行った。
写経をさせている間に前日までの分を整理していると、写経の最後に記入する「右為」の欄に「願い事が叶いますように」なんて書かれているのが目に止まった。
この1年生にとって写経は罰則どころか七夕の短冊でしかないんだろう。
写経自体は生指には出さないし一々叱るのも面倒なので、そのままファイルに閉じようとした手がフリーズした。
「銀ーっ!!」
1枚めくったところから現れたのは俺と同じ2年生で仏教コースに在籍する銀の写経。
「右為」のところに「ダービーで3連単とりたい」と書いてあって、思わず大声を上げてしまった。
「沢井くん? そんなおっきな声だしてどないしたん?」
「お前な……これはマズいだろ」
「何が?」
「ここだよ、ここ」
ダービーの文字をボールペンでコンコンと叩くと銀はこてんと首を傾げた。
「ダービーは欲掻きすぎやった? ほならオークスにでもしとこか」
「オークスも菊花賞も桜花賞も禁止! こんな写経が学校に見つかったら俺が怒られるんだからな」
「桜花賞はこの前終わったばっかやで。菊花賞はもうちょい先やしな~」
「とにかく、ここ書き直して来て」
「えーっ、お馬さんの他に願い事ないもんなー。あ、1個あった!!」
嬉々として席に戻って行く銀の姿に嫌な予感しかしない。
これでまた懲りずにギャンブルの匂いをさせてきたら1発ひっぱたかせて貰おう。
「3連単」に比べると七夕の短冊は可愛らしいものかと思えてそのままファイルに閉じた。
態度が小生意気だから罰則の写経なんて適当に済ませそうなタイプだと思ったのに、意外にもじっくり1字1字時間をかけて書いている。
羅だの薩だの画数の多い漢字だけでなく一や三までも数秒掛けてゆっくり書いているのが、うちの本山で見たじいちゃんばあちゃんの写経会を思い起こさせる。
名前を覚えるのも腹立たしいから「お前」と呼んでいたら「葵琉」と名前で呼べという図々しさ。
なのに俺の名前を「シロ」と呼びすてするのはいくら注意しても改めようとしない。
優しい俺の年の新入生だから許されるけど、桐島先輩が風紀長の時代にため口で呼び捨てなんかにしたら命はなかったからな。
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