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武田は放課後になると教務室から毎日アポをとる。
それは相手の返事がどうあれ、「来る」ということの知らせに過ぎない。
放課後は、学校から徒歩20分の距離にある坂ノ下店に立ち寄る。
「こんにちは!」武田は緊張と気合いを張り付けて中へ入る。
勿論、物を購入する目的ではないからだ。
「またあんたかよ、来んなって毎度いってんだろ?」
柄の悪いチンピラを想像させる金髪オールバックは、腰の低い武田を見据え一蹴する。
「いいえ。僕は毎日来ますよ。貴方が引く受けてくれるまで、諦めません!」
武田は必死だった。
己が顧問になる前は、烏野は全国大会にも出場する、いわば強豪校であった。
「小さな巨人」という威名がついた世代を境に、烏野は衰退の一途をたどっていった。
その主な原因は、「鵜養」という監督の老いだった。
結局、入退院を繰り返す鵜養は、ついに監督の座を降りることになる。
「小さな巨人」とも言われた最も強かった世代。
その端くれに位置していた当時一年の管原、旭、澤村の三人は夢半ばで全国大会の道が閉ざされたも同然だった。
勝てなくなったのは、その頃からだ。
そして、武田に顧問が交代されると、最初に気付いたのは一年だった澤村たちのモチベーションは三年になった今でも、闘志を燃やし続けていたこと。
それが武田を変えた。
自分にはバレーボールの経験がない。
だから、三年の澤村たち三人が筆頭となって下級生に手本を見せる。
だけど、澤村たち三年の手本は?
雛鳥は親鳥を見て育つと言われるが、澤村たちの親鳥となってあげられる存在が、いない。
それでは何時までたっても、伸びるところまで伸びきり、そこで止まってしまうだけだ。
志半ばで折れてしまう連中であったなら、武田も坂ノ下店のチンピラもどきに頭を下げるまで、熱が入ることはなかった。
しかし、一度見て経験してきた澤村たちの「想い」は消えることはなかった。
それに答えるべく、武田は、今、ここで、必死になって請い願うのだ。
「烏野の外部コーチとして、あの子達に指導してやってください!鵜養君!」
その名字はあの「小さな巨人」と異名がつくほどまでに強豪校にした「鵜養監督」の孫の鵜養繋心だ。
「鵜養君」と柄に似合わない呼び方をされ、ため息をついてこう溢した。
「俺はこの店を継いでっから、俺一人で仕事回してて忙しいんだ。帰ってくれ」
非情な言葉だった。
「では、一時間でも構いませんから!お願いします!」尚、武田は諦めない。
「あのな、センセー」
「お願いします!」
「……」
「お願いします!」
「……はぁ。じゃあ、こうしよう。明日、俺は見学にいく。んで、ソイツらのやる気がなけりゃ、指導者云々の話はなしだ。それでいいな?」
「ということは、コーチ、引き受けてくれるんですね!ありがとうございます!」
武田はついに根負けした鵜養の手を握り、ぶんぶんと嬉々とした感情をぶつける。
「い、いや……やる気があればの話だけどな?先生は聞くところ以前の烏野のことは知ってるみたいだが、顧問についてまだ日は浅いだろ?」
「確かにまだ二年ほどしかたっていませんね」
「俺んちのじいさんが監督をやっていた時代の端くれが今、三年になっているときいた」
「はい、その通りです」
「一年の時、希望をもってこのまま厳しい練習に耐え、努力すればきっと勝てる。そんな生温い考えが生まれるのは、上が強かったから当たり前のことだ。だがな。それがうちのじいさんが引退して、勝てなくなると、自信が持てなくなる可能性だってあるんだよ。強かったのは自分達じゃなくて、うちのじいさんがいたからこそ、だってな」
「まぁ、じいさんはガキたちに勝つための基礎を教えるだけであって、あとは個々の問題なんだが、自信は大事だ。それを失うとやる気なんて出るわきゃねぇ」と付け加え三年たちを危惧する。
「鵜養君。三年生たちの事は、明日見てみてください」
武田は、反論するでもなく、単調に言う。
「見たら分かりますよ、きっと。僕がここまで必死になって、頭を下げる理由が」
「明日六時前に此方にお迎えに参ります」丁寧に挨拶をして去っていった。
「おいおい……あの先生まで高校男児に見えたぜ」鵜養は頭を掻いた。
貪欲さまで見えた武田の表情に、大人になり目標も何もない鵜養が勝てるはずがなかった。
「俺もまた、青春すっかな」
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