アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
キス
-
コンビニの雑誌コーナーで適当な雑誌を見繕って立ち読みしながら圭悟を待った。
もう、身を隠すつもりもないのだろう。男が店内の商品を物色する振りをしながら近くをうろうろしていた。コンビニ店内で何か事が起こるわけもなかったが、その行動は結希へプレッシャーを与えるのに充分だった。
圭悟へメールを打つ。コンビニの店先で簡単に話すつもりだったが、これではそれもままならない。
返信より圭悟本人の方が早かった。
ハニーブロンズの明るい髪が、コンビニの白すぎる蛍光灯の下でより明るさを際立たせていた。その姿を目にするだけで心がざわついて仕方がなかった。結希は慌てて目を逸らす。
片手を挙げて挨拶をする圭悟を無視し、結希はメールを打ち続ける。圭悟は店内に男の姿を見付けると、携帯電話を取り出して結希の隣、ゆうに二人分空けて並んだ。メールを確認しながら雑誌を一冊引き抜く。
幾度かメールの応酬をした後、圭悟は誰かに電話を掛け始めた。結希は素知らぬ振りで携帯電話を触り続ける。
「今日ごめんね。おやすみって言えなかったから」
聞いたこともないような声で圭悟が喋るのを、うっかり聞き耳を立ててしまう。軽く笑い声を滲ませる様子に相手が女性だと分かる。小声で喋ってはいるものの、静かな店内では内容は筒抜けだった。
「明日、何時起き? ……何、まだ起きてんの? 遊んでないで早く帰って寝なさい」
圭悟は読んでもいない雑誌をそのまま棚へ戻した。カタン、と小さく音が鳴った。
「違う、身体の心配してるだけだって。……あー、うん、そうそう。そりゃね、俺の知らないところでこんな時間に遊んでたら気が気じゃないから」
圭悟に伝えるべき用件は既にメールし終えていた。結希は珍しいものでも見るようにまじまじと圭悟の方へ視線を向ける。横目に様子を伺う圭悟と目があった。彼は気まずそうに視線を逸らす。
「どうせ俺は嫉妬深いよ、知らなかった? ……分かったって。じゃ、また今度……――おやすみ」
圭悟が耳から携帯電話を降ろしたのはそれからしばらく経ってからだった。人差し指で液晶を一撫でし、コートのポケットへ仕舞い込む。
「……彼女?」
「客」
「凄いな、恋人みたい」
「そういう仕事ですから」
顔を見合わせて小さく笑う。但し圭悟の方は幾分か居心地が悪そうに。
「オンナ作ってる余裕、あるように見えンの? 俺、こう見えても結構お前に掛かりっきりなんだけど」
そう言って圭悟は肩を竦めるとコンビニを後にした。慌てて結希はそれを追う。
コンビニの外で待ち伏せられ、伸びてきた圭悟の手が結希の手を掴む。
勿論、今まで圭悟と手を繋いだことなど一度もない。
仕事上、男同士で手を繋ぐことに感覚が麻痺しているが、これは決して普通の状態ではない。
だが、結希はそのまま手を引かれてマンションへ向かう。
背後に不審な男の気配を感じながら。
圭悟に片想いをしていることにさせてほしい、とメールで頼んだ。
男の正体と、これまでの経緯を伝えるメールは必然的に長くなった。相手に、店を辞めるつもりがないことと、引っ越すつもりもないことを分からせるために利用させて欲しいと説明した。どこでどう噂になり、圭悟に迷惑が掛かるかも分からないから恋人の振りをしろとまでは言わなかった筈だ。
それが、何故マンションのエントランス前で抱き締められる結果になったのか。
「どうせなら付き合ってるって思わせた方が分かりやすいだろ」
違う。そんなことまでは望んでいない。
密着する身体と、甘く囁く圭悟の声。
なのにその言葉は現実を突きつけて理性と感情を引き裂く。
「見せつけてやればいい」
圭悟が結希の顎を捉えて上へ向ける。
膝が笑いそうだった。
どこか、恐ろしい底なし沼に足を踏み入れてしまったような恐怖が結希を襲った。
「……ぁ」
唇が重なる直前、声が漏れた。
好きになってしまうのが怖くて逃げ出したのに、何故今はこんな芝居をしようとしているのか。段々と分からなくなってくる。
「ん……っ」
次第に深くなっていく口付けに脳内のどこかが灼き切れる。
まるで貪るように唾液を交わされ、舌が歯列をなぞると、もう唇はおろか奥歯すら緩めて相手の侵入を許してしまう。中を探る舌の動きは、それまでの激しさとは異なり、優しく、口腔の内側を撫でる。
漸く逃れようとする結希の後頭部を圭悟の掌が押さえつけ、口付けは再び濃厚さを増した。舌が絡むたびくちゅくちゅと唾液の泡立つ音が直接骨を伝って脳に響く。上顎を裏側から舐められるともう立っているのも困難で、互いの身体の間に入れた両手で圭悟の胸元を押し返すが、それすら逆に支えにしているような状態だった。
「……は、……っ」
最後に圭悟は結希の下唇を柔らかく食み、唾液の糸を引かせながら唇を離す。
目が、濡れていた。
垂れ下がる淡い色の前髪が街路灯に透けて、その内側で圭悟の目が見たことのない色を帯び、こんな状況で、その先を期待する自分がいて、結希は今度こそ圭悟の身体を突き飛ばした。
身体を重ねる客を毎回本気で好きになった。抱き合うたび愛しくて、温かな気持ちに満たされた。
けれどこんな風に、心を掻き乱されることはなかった。
オートロックのパネルに手早く部屋番号と暗証番号を打ち込み、結希はエントランスを抜けてエレベータに逃げた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 123