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金の降る夜
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圭悟の指が、七階のボタンを押した。
どうにか乗り込んだエレベータの壁に、結希は背を預けてそれを眺めていた。
「……出て行け、って、こと?」
「男連れ込むならそっちのが気兼ねしなくていいだろ、……お互い」
「連れ込んでない、ただの店の子。新人」
「どうだか」
先程までナギに抱き締められていた。状況だけ見ればただの同僚と言うには無理がある気がした。妙な誤解で圭悟が怒るのも分からないでもない。自分が留守の間に、自分の居住空間に知らない相手を招き入れられれば誰だっていい気はしないだろう。それは同居人として最低限のルールだ。
ずるずると背が壁を滑ってしゃがみ込みそうになるのを、圭悟の手が腕を掴んで立たせた。
「家になんか入れてない、誰も」
「アイツとヤった?」
どう答えていいか分からなかった。問いかける圭悟の声が酷く冷たいものに感じられた。仕事だと、正直に言えば済む話なのに、誤解の上塗りを恐れて言葉が出ない。
七階でエレベータが止まり、扉が開いた。圭悟は腕を掴んだまま離さなかった。
「降りないなら連れ帰って犯すから」
「だったら手、離せよっ」
圭悟は開いた扉の向こう側を見ていた。手を離す気がないことに気付き、結希は戸惑いながら圭悟の見つめる先、七階の廊下へ目を向けた。エレベータの扉が、逃げるべき先を閉ざしていく。結希は絶望的な気分でそれを見送った。
立っているだけでも膝が笑うぐらい身体は疲弊している。このまま抱かれるのは身体のつらさ以上に溺れてしまいそうで怖い。そしてなにより、
――圭悟が自分を相手に欲情しない現実を突き付けられるのはもっと怖い。
「や……、なん、で」
降りる者のいないエレベータが再び上昇し始め、結希は渇いた口から声を押し出した。もう一方の腕も掴まれて身動きを封じられ、口付けによって唇が塞がれる。乾いていた口内が、貪るような圭悟の舌に溶かされ、アルコールの匂いのする唾液に濡れた。
呼気を求めて鼻から吐き出した息すら、移された甘い酒の匂いがする。疲れと酸欠、アルコールの匂いに頭がクラクラした。
圭悟の腕が腰に回り、既に自立できない結希の身体を支えた。最上階まではあっという間で、再びエレベータの扉が開く。
「……酔ってるんだろ」
「そっちこそ足腰立たなくなるまでヤりまくってんじゃねーよ」
「離せよ、帰る」
「ああ帰ろうぜ?」
足が縺れる結希の身体を抱いたまま圭悟が部屋へ向かう。深夜のマンションの廊下で、四室しかない十二階で、騒ぐ訳にもいかず結希はただ引き摺られていく。
「帰ってヤろーぜ」
圭悟は玄関の鍵を開けるとまるで荷物のように結希を部屋の中へ放った。バランスを崩して床に身体を打ち付けた痛みに顔を顰める。結希は慌てて靴を脱ぎ、殆ど使われていない自室を目指して床を這った。
「いやだ」
二、三歩も進まないうちに圭悟の手が腕を掴んで身体ごと引き上げる。いつもの寝室へと引き摺られていく。
「いやっ、離せっ」
「うるせーよ」
ベッドへと放られ、スプリングが軋む。身体を起こそうと半転したところで、間接照明に照らされた圭悟の表情がぞくりとするほど冷たいことに気付いた。
動けなかった。
「知らない相手にレイプまでさせておいて、俺には拒否るとか何なのお前。ああ、……金払えばいいんだっけ?」
財布を開き、圭悟が中から札を引っ張り出す。バサリとそれを放り上げた。
ひらり、ひらりと舞う一万円札が、結希の身体に降り掛かる。
ぼんやりとそれを見上げた。
ひらり、ひらり。
金が、降る。
どれだけ相手を好きになろうとも、所詮こうして金で買われているに過ぎないのだと気付かされる。
――圭悟にも、買われる。
「したくない」
「今更だろ。足開けよ」
もう一人分の重さにベッドが沈む。一万円札の散らばるベッドの上、圭悟が結希の身体を組み敷いた。閉じた両脚を膝で割られて暴れると、あっさり脚の間に圭悟の身体は収まった。僅かに身体を折りたたむ姿勢がすでに相当きつい。息が上がる。
はあはあと呼吸を乱しながら尚も逃れようとずり上がる身体を捉えるかのように、圭悟の手が両腕を開いた状態で押さえ付けた。
「なんで……っ」
「じゃあなんで結希は俺が何もしないと思ってんだ?」
また、同じ質問。
同じ男を相手に勃つと思う方がおかしい。
結希は答えなかった。
そんなことはどうせすぐに身体で分かることだ。
首元に埋められる圭悟の髪が擽ったい。甘いアルコールの呼気は熱く、首筋を這う舌の感触に結希は息を詰める。着衣の上から脇腹をまさぐる手。
(もう、いいや)
結局、友人にすらなれない。
ましてや、恋人にもなれない。
きっと、都合のいいセフレにだってなれないだろう。
ただ好きになるだけでどこにも行き場はない。
「もう、いい」
いつの間にか解放されていた手のやり場に困る。眼下に見えた圭悟の髪に触れたくて、けれども舌と手で施される愛撫に思わず声を上げそうになり、奥歯を噛み締め、手はその場にあるものを握り締める。
掴んだのはシーツではなく、一万円札だった。
ゆっくりと結希は目を閉じる。
こめかみを涙が伝い落ちた。
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