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生涯を君に
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深く、深く結希は息を吐き出した。
止まっていた時間が動き出して、「今」にワープして接続される。どれほど黙り込んでいたのだろうか。既に空は薄群青色に染まり、対向車の白いヘッドライトが灯り始めていた。
徐々に感覚が戻っていく。酷く喉が渇いて何度か唾液を嚥下した。
「俺も。……圭悟が、好きだよ」
もう観念するしかなかった。これ以上自分の気持ちに蓋をし続けるのは無理だった。
それでも圭悟の言う好きと、自分の感じる好きでは意味が違うような気がしていた。そして、結希自身もまた、自分の中での好きの種類など分かりもしないのだった。
「だから、一生友だちでいて」
「俺が言ってるのはそういう意味じゃない」
「圭悟は俺と一緒にいる理由が急になくなったからそんな風に勘違いしてるだけだよ。あと、俺やハルくんに感化されすぎ」
何でもないことのように結希は笑ってその場を取り繕った。
相手はクラブ・プラチナアークの人気ホストで、誰もが知る大手高宮グループに属する企業の御曹司で、それ以前に同性でありヘテロセクシャルだ。住む世界があまりにも違いすぎた。
「そんなんじゃない」
「そんなんだよ。一時の感情で付き合って、別れて、俺はそんな風に圭悟のこと失いたくない」
「なんで別れることが前提なんだよ」
「だって圭悟はいつか結婚したり子供作ったりするでしょ、俺はその後もずっとお前とは繋がってたい。一生ってそういう意味」
もう二人が暮らす街は近い。よく見知った看板やネオンサインが馴染んだ自分たちを受け入れてくれるような錯覚に陥る。紛れもなくここの住人だった。
「結希が結婚したり子供できたりするの、俺は多分我慢できないと思う」
小さく、低い声で圭悟が言う。
他のどの言葉よりもそれが効果的に結希の心を揺さぶった。そんな風に想われることが意外で、光栄で、眼球の奥がジンと痺れた。
「……俺は結婚しない気がする。女の人と普通に恋愛できる気がしないし。でも圭悟は違うでしょ」
「じゃあお前は俺が結婚して子供できて、それでも平気なんだ?」
「平気じゃない」
瞬きをした瞬間、決壊した。ぱらぱらと涙が溢れて衣服まで落ちていった。少し上を向いてみても鼻水が入口まで伝ってきて啜り上げる。その音できっと泣いていることなど圭悟には伝わってしまう。
自分のような卑しい立場では圭悟の結婚式に出席することは無理だろう。二次会も難しいかもしれない。けれど新婦にはずうずうしくも紹介してもらって、家に遊びに行き、そのうち子供ができたら抱っこもさせてもらって、どちらに似ているなどと話し、酒でも飲みながら徐々に成長していく子供の写真を見せてもらったり奥方の愚痴を聞いたり、そして時には懐かしい思い出として今の自分たちのことを語り明かす。そんなことを夢見るのに、その想像は繰り返すたび結希の胸を締め付けた。
「多分平気じゃないけど、一生そばにいたい。圭悟のことが好きだよ」
だから友だちでいさせて欲しいと結希は懇願する。
車はいつも立ち寄るコンビニで幹線道路から外れ、スピードを落としてもう近所を走っている。徒歩とは異なるルートでマンションの裏手に回り、地下の駐車スペースへと向かう。一度切り返して駐車コマに車を納めると、圭悟はエンジンを切った。
車内は一層静かになった。運転席に座る圭悟がいつまで経ってもシートベルトを外す気配がなく、結希もそのままフロントガラスの向こう側を見つめていた。
「そんな殺し文句で振られるのか俺は」
「ごめん」
「もういいって」
圭悟は少し困ったように笑い、まるで撫でるように結希の頭へトントンと手をのせた。シートベルトを外す気配に誘われ、同じようにベルトを外す。
マンションの自分たちの部屋へ戻る間に、結希は十二階の自分に与えられた部屋で寝ることを告げた。圭悟がそれをあっさり了承する。
理性が持ちそうになかったから、などと言われてしまえば、もう寂しさよりも面映ゆい気持ちの方が強くて結希は内心で浮かれた。
枕元に置いた携帯電話の振動で目が覚めた。ホテルの一室、見慣れない天井にそれまでの記憶を懸命に辿る。思い出すよりも早く携帯電話を取り上げ、液晶を指でスライドして通話を繋ぐ。
「……もしもし」
酷い声をしていた。誰かとセックスをしていたことを思い出す。仕事中だった。部屋には誰もいない。
「終了コールからどれだけ時間掛かってんの、何やってるんです?」
「あ。……すいません、寝てました」
「次入ってるから早く戻って来てください」
「次……?」
聴き慣れない声に、そういえばもうマネージャーが吉川ではないことを思い出した。吉川なら、結希のペースを知っていてハードなプレイの後でこんな立て続けに客を付けたりはしない。
恨み言を言っても仕方がなかった。むしろハルが不在の間トップを任されている身としては有難いと思うべきだろう。
全裸のままだったがシャワーを浴びた形跡があった。結希はベッドの上に身を起こし、膝を立てて座る。携帯電話を耳に充てたまま上体を前へ傾け、もう一方の手で拳を作り腰を何度か叩いた。
シーツの上には身に覚えのない新しいカッターシャツとネクタイが散らばっていた。今日着ていた私服はきれいに畳まれて椅子に置かれたままだ。
細川だ、と気が付く。
そう、先ほどまで睦み合ったのは毎回必ずビジネススーツで会うことにしていた細川だ。
予約の段階で相手を教えてもらえなかった結希は、今回に限ってはスーツの準備も、ましてや前回会った時に細川がくれたシャツもネクタイも身に着けていなかった。今回も帰りと次回用にと彼がプレゼントしてくれたそれらで今日のプレイは間に合わせることになった。彼はそれを咎めるようなことはしなかったが、おそらくがっかりしたことだろう。とても申し訳なかった。
「次って、誰?」
「だからお客さんからユウキの方に身元明かしてるかどうかこっちで把握できてないから名前とか教えられないんですって」
「それじゃ困る。……ね、特徴は?」
「新規じゃないですよ」
「なにそれ、ふざけてます?」
「ふざけてません。ユウキの方こそ我儘言ってないで早く戻って来てください」
「我儘……」
それを言われると吉川にどっぷり甘えっぱなしだったこの二年を咎められているような気分になり、結希の方もこれ以上食い下がることはできなかった。
ただ、釈然としない。嫌味の一つも言いたくなる。
「さっきまでの人が俺の方では細川さんって認識で、彼と会う時は前回会った時に貰った服を着ることにしてるし、スーツでデートすることにしてるから教えてもらえないと困るんです。それと、細川さん相手にしたら俺だいたい一時間ぐらいは使い物にならないんで」
「ならコスプレのオプション付けてもらって、指名時間もその一時間分含めて指名してもらえばいいんじゃないですか、なんなら延長で」
「そんなことこっちで決める話じゃないし。それに、コスプレじゃなくて俺の私服ですから。俺が細川さんとどんな格好して会おうと俺の勝手でしょ」
「そのことは後で話すとして、取り敢えず今は戻ってください。三十分で戻れますか?」
「二十分で戻りますよ」
眉を顰めて部屋の時計を探す。スーツの時に必ず着けていた腕時計すらしていなかった。
七月に入ってから同様の食い違いが何度か続いていた。これまでどれほど吉川に支えられてきたのか改めて痛感する。
ベッドを降りてきちんと畳まれた私服の袖に腕を通すと、疲れた身体を引きずるようにして結希は店へ戻った。
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