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撮影…3
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電話の向こう側では長い沈黙があったようだった。十夜はただ口許に笑みを乗せるだけで何も言わなかったが、だからといって圭悟の方も何か言っているわけではなさそうだった。
結希はただ見守る。十夜と、電話の向こうにいる圭悟の二人の様子にじっと耳を傾ける。
「――はいお疲れ様。うん。……面白いこと訊くね。そんなの俺が、ユウキと一緒にいるからに決まってんだろ」
ひやり、と冷たいものが背筋を伝い落ちるような気がした。十夜は軽く笑い声を立ててベッドへと腰掛ける。
「お前ね、こんなことぐらいで取り乱して電話すんじゃねーよ。……自覚ないの? あはは、面白いなあ」
結希には何が面白いのか全く分からなかった。見たこともないような表情で笑う十夜がいた。先程感じた「優しい冷たさ」が、そこにはない。
心臓に悪い一方的な会話を聞いていられなくなり、結希はそっとその場を離れ、藤川へ手伝いの指示を仰ぐ。
「モデルさんに手伝わせたりしねえんだけどさ。……ったく、助手が役立たずだとマジでつらいわ」
「でも、セッティングしてくれたの、十夜さんだし」
「あいつは自分が楽しかったら寝る暇も惜しむけど、キョーミねえことは全くやらないからな。……あ、悪い。シーツ丸めて部屋の隅に置いといて」
「はい」
結希が汚したシーツへと藤川がクイッと顔を向けた。これを自分で片付けさせてもらえるところに藤川の気遣いを感じる。
ベッドの上には十夜が腰かけたまま、相変わらず肝が冷えるような会話を続けていた。
「ユウキに替わらなくていいのか? ……じゃなんでユウキのケータイ掛けてんの?」
ベッドから降りてもらおうと向かった十夜のそばで急に名前を呼ばれ、結希は声を掛けそびれた。
今、圭悟からの電話を替わられても困る。
「事情説明? しれっとそういう言い方すんなよ、ユウキがビビんのも分かるわ。――……教えるわけねえだろバーカ」
圭悟は既にこの撮影のことを知っている。十夜の口から飛び出た「事情説明」などという単語がそれを物語っていた。
あの着信履歴はそういう意味だ。結希は事前に言っておかなかったことを深く深く悔いた。そんな結希とは裏腹に、十夜はとても楽しそうだ。
結希の視線に気付き、十夜が顔を上げる。結希は、シーツを片付けたいから退いて欲しいという意味のジェスチャーをしてみせる。十夜が笑いながらベッドから降りた。
「ん? お裾分け。よく撮れてるデショ?」
ベッドから降りて壁へと凭れ掛かる十夜の方を、結希はギョッとした表情で振り返った。
十夜は結希のことなどどこ吹く風で話を続ける。
「お前ホントつまんねーな。……ユウキが野暮ったい髪型やらしょーもない写真やらで仕事してんのが気に入らなくて店に言ってやったんだよ。俺ならもっとマシな売り方してやれるってな。で、ユウキのお店ちゃんと通して撮影会。タダで写真回してやったんだからお前は俺に感謝すべきだね、違う?」
結希は聞こえない振りをしながらシーツを引きはがすしかなかった。聞こえない振りとはいえこの距離で聞こえない訳がない。
結希に聞かせるために言っているのだと気付いた。疾しさを覚える間もなくこの日が迫り、事前に言い出せなかった結希のために、十夜がフォローしている。
それにしても十夜の言い方は声の調子こそ普段通りだが、結希にはとてもきつい言葉に聞こえた。
「あ、自分のパンツ、仕舞っとけよ」
「……分かってますって」
藤川がにやにやしながら結希をからかった。結希は苦く笑いながらボクサーパンツを発掘し、小さく折りたたんで鞄へと仕舞いこんだ。
十夜はまだ電話をしている。
「――……あっそ、ソレどんな立ち位置だよ。恋人だの友だちだの客だのくだらねえこと言ってんなら俺はその隙にユウキのイチバン獲っちゃうよ」
聞き捨てならない台詞に、結希はまた手を止める。
「俺が、なんでも一番じゃないと気が済まないのはお前も知ってるだろう? じゃ今夜、店で。ヨロシク」
一方的に電話を切った十夜が「はい」と笑いながら結希へと携帯電話を返した。それはもういつも結希に向けるのと同じ顔で、結希は安心すると同時に少し寂しさを覚えた。きっと、この顔は上辺だけのものなのだろう。「ユウキのイチバン」など、圭悟を煽るために言っているだけに過ぎない。
「……ありがとうございました」
「勝手に写真送っちゃった、ごめんね?」
「いえ、助かりました」
どんな写真を送ったのか、気にならないわけではない。けれど、どんな写真を送ったところで何も変わらない気がした。
「ユウキくん、アドレス頂戴。今日撮ったやつ何点か送るからブログにでも使ってやって」
粗方部屋を片付け終えた藤川はいつの間にか再びノートパソコンに向かっていた。
「あ、はい」
「多分、はっきり顔とか写ってない方が見る方の想像力掻き立てられると思う。ちゃんと写ってるヤツはさ、ほら、店に金落としてくれる人にだけ見せればいいから。後で店には全データ、送っとく」
「助かります」
結希は携帯電話の液晶にメールアドレスを表示させて藤川の元へ向かった。
「藤川ちゃん、どれぐらい掛かりそう? そろそろ下行きたいんだけど」
「だったら片付けとけよ、十夜監督」
藤川と結希の様子を見ていた十夜がひらひらと手を振って部屋を出て行く。片付ける気はなさそうだった。
十夜が部屋を出て行ったのは結希と藤川のやり取りに興味がないからだ。こうしてみると十夜の行動はとても分かりやすい。
「藤川さんって、十夜さんと付き合い長いんですか?」
メールアドレスの受け渡しをしながら結希が尋ねると、藤川はパソコンの画面から目を逸らすことなく口を開いた。
「元同僚」
「えっ、藤川さんてプラチナアークのホストだったんですか?」
「いや、違う店。ま、俺なんかは学生時代のアルバイトみたいなもんだ。撮影機材って金かかんのよ」
「……どおりで仲良いわけだ」
「仲良いっていうより腐れ縁だろ」
カタカタとタイピングしていた音が止み、トンと小気味良い音が最後を締め括った。パソコンの画面上にはデータの送信状況を示すステータスバーが表示された。
「剣崎さんってさ、間宮理世のことすげえ気に入ってんのな」
「ああ、……うん。俺もそう思いました。俺、もしかしたらダシに使われたかも」
結希は手元の携帯電話に視線を落とし、メールの着信を待つ。藤川は笑うだけで否定しない。
「今のポジションを間宮理世に譲りたいのかもな」
「……まさか」
「あの人、もう自分の店持ってもいい頃なんだよ。いくらでかい箱だからっていつまでもプラチナアークで使われてんのがおかしい」
手の中で携帯電話が震えた。結希は藤川からのメールを開封する。写真のダウンロードにやたら時間が掛かる。
「でも、ポジションを譲るって」
どういう意味か尋ねかけて、結希は既にその意味を自分が知っていることに気付いた。結希がギャルソン☆アッシュでナンバー1の座を守ろうと思ったのは、それがハルから渡されたものだからだ。
「プラチナアークみたいな規模のトコだとさ、派閥とかいろいろあるから。……写真、届いた?」
「あ、はい」
不穏さを感じる間もなく問われ、結希は写真を表示させる。
写真はいずれも顔は一部しか写っていないもので、撮られている時に感じたような卑猥さを全く感じさせない。
真っ白なシーツの波に見え隠れする肌、そして薄い身体のライン。卑猥ではないのに官能的だった。まるで自分ではないようだと結希は思う。それでも脇腹に走るナイフの傷痕は紛れもなく自分の身体で、淡いピンク色に盛り上がった直線すら色香を添える飾りだった。
「どう? 気に入った?」
「はい……びっくりしました」
「ま、カメラマンの腕がいいから」
「凄いですよね、……こんな風になるんだ?」
結希は送られた写真を次々と表示させ、食い入るように見つめた。
「そこはモデルがいいからっていうツッコミ待ちなんだけどな。……ほんと、自意識足んないね」
「そんなことないです」
結希は少し笑って否定する。
「ま、それがユウキくんのいいところかもな」
そう言って藤川はパソコンも片付け始めた。それに倣って結希も自分の荷物を纏める。
大荷物の藤川が声を張り上げて十夜を呼んだ。
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