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自慰*
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先に十二階の自宅へ帰宅したのは圭悟の方だった。勤務を終えた時にやりとりしたメールで圭悟がアフターには行かないことを知っていたが、玄関に脱ぎ散らかっていた圭悟の靴を見て結希は俄かに緊張した。アフターの有無に関わらず、結希よりも圭悟の方が先に帰っているのは珍しいことだった。
「……ただいま」
返事はなく、リビングの扉を開ける。圭悟は出勤時の格好のままソファのすぐ下で眠っていた。
「起きて」
身体を揺さぶらないよう慎重に肩を叩くと睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がる。目を開ききらないまま圭悟が笑った。
圭悟の手が伸びて、髪に触れた。サイドは長く見えるが中で刈ってある。そこに、指先が触れる。
「似合ってる」
「怒ってないの?」
「怒ってる」
圭悟は笑ったままだ。それはいつか見た怖い笑顔ではなく、どこか寂しそうに見えた。
「教えてもらえなかった自分に腹が立って仕方ないね」
長く喋ると呂律が怪しいぐらい圭悟は酔っ払っていた。
そのことがとても悲しく感じられた。圭悟の気持ちが指先から伝わったのだと思った。
悲しませたのだ、きっと。
「ばか」
結希は覆い被さるように圭悟へ口付ける。髪に触れた手が強請るように結希の後頭部を押さえた。触れる舌先は体温よりも遥かに冷たく、先程まで眠っていたとは思えなかった。
口付けはシャンパンの味がした。
深く混ざりたいのはお互い様で、衣服の布越しに身体をまさぐりあった。
「ごめん、呑み過ぎた」
結希の手が前を触れると、圭悟が微かに笑い声を立てながら肩を押し戻した。
もう、こんな状態で反応がなくても落ち込んだりしないのに、いつだって確認したくなるのは悪い癖だ。はしたなさも気にならない。
「知ってる。いい、触りたいだけ」
「やだよ、擽ったい」
「圭悟かわいい」
「気持ち悪り、吐きそう」
「なんで」
「呑み過ぎたからに決まってんだろ」
「あ、マジなやつ?」
起きたがる身体を支える。圭悟は覚束ない足取りでリビングを出て行き、結希の鼻先でドアを閉めた。
先日の意趣返しをするつもりだったのがバレて、結希は微かに笑う。トイレを覗くのは諦め、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出した。
ダイニングテーブルに置いて結希は部屋を後にする。圭悟はシャワーを浴びてきちんと寝る準備が整わなければ寝室では寝ない。何度もトイレへ向かうことになるから、眠りの浅い結希を気遣ってリビングのソファで眠る。
その夜は、そうでなくても上手く寝付けなかった。
十夜との撮影にミナミの騒ぎで、どうにも感情が昂ぶっていた。おまけに店は暇で、身体もさほど疲れていない。十夜と藤川に言葉で責められたあのエロティックな撮影から出勤してついた客はたった一人だ。二人がかりでの言葉責めにはあれほど感じたのに、抱き合って性器を擦り合うたった一人の客とは少々退屈と感じる時間を過ごし、それはここ最近の接客ではもう普通のことだった。
「圭悟とはいつセックスした?」
耳の中で十夜の声が蘇る。あの時、自分で触れることを許されなかった下肢へと手を伸ばす。
「は……っ」
頭の中で四つん這いになり、高く尻を上げて割り開く。十夜に全て曝け出して、前からは藤川のカメラがシャッターを切った。
そこはすぐに熱を帯びた。下着の上から指を這わせるだけで中のペニスはびくびくと脈打つ。
肌へ触れる手は複数で、情景は撮影場所から体育館倉庫へと徐々にクロスフェードしていく。脳が荒い息遣いを再生する。誰かが傷跡をなぞり、卑猥な音を立てて後ろを暴いていく。あらゆる方向から手が伸びて結希の弱い部分を愛撫し、唾液を孕む舌先が両方の胸の突起を擽る。
「……う、ぁっ」
下着の中へ手を入れると直に触れた性器は先走りに濡れていた。先端からの滑りを全体へと擦り付け、結希は仰向けから横へ転がる。
「次、おれぇー」
もう何巡目かも分からない挿入に身体が悲鳴を上げた。いやだ、と訴える言葉は声にならない。激しい突き上げに全身が強張り、痙攣する。
「もっと口開けろや」
「自分ばっか気持ちヨくなってんじゃねーっての」
「オラ、咥えろって」
結希は口を開き、唇に押し当てられたペニスへと舌を伸ばす。上からも、下からも捻じ込まれる肉の感触に喘ぎ、めちゃくちゃに犯されながら快楽へと堕ちていく。背中に当たる毛羽立った畳が皮膚を摩擦して傷付ける。
「……ぁあっ、出る……っ出る、出すぞっ」
口から引き抜かれたペニスが顔面に熱い飛沫を吐いた。青臭い牡の匂いに混じる微かな甘い刺激臭へと結希は顔を向けた。
その顎を誰かの手が捉え、無理矢理刺激臭の方へと向かせた。
「いやぁ……っ、いやぁあああっ」
「暴れんなって。ヨくしてやっから」
鼻と口を布切れに覆われた。抵抗する手足は複数の男たちに捕らえられ、身動きすら出来ずに息を吸う。
目の前がチカチカして虹色に染まる。何かが溢れそうになる。
「あ、やべ。イく……っ」
ナカを犯す男が深く腰をグラインドさせ、前立腺を強く刺激した。そのまま同じ場所をゴリゴリと擦りながら突き上げるので、結希はもう為す術もなく悲鳴を上げ続けるしかなかった。
「ユウキのいちばん感じるところ、奥までいっぱいに挿れて、ぐちゃぐちゃに掻き回すよ」
十夜の声がして、結希は首を横に振った。
一度、手を止める。
アナルにまで指を挿れたりしないのが唯一の救いで、結希はのろのろと身体を起こし、簡単に衣服を整えて寝室を出た。
明け方の寝室はとても静かだった。
男たちの息遣いも、結希の悲鳴もなく、まるで寝室そのものが眠りに包まれているようだった。
トイレに行くと近くでシャワーの音がした。圭悟はようやく寝る準備ができるまで酔いが覚めたらしい。
便座ごと蓋を開けて、取り出した性器は少し擦るだけであっけなく果てた。
汚れたペニスをトイレットペーパーで拭い、水を流す。白い精液が吸い込まれていくのを結希は何の感慨もなく見送り、そこへトイレットペーパーを放り込んだ。
――ただの、処理だ。
手を洗ってトイレを出ると、シャワーの音はもう止んでいた。
「……起こしたか?」
長袖の黒いパジャマに身を包んだ圭悟が髪を拭きながら言った。結希は黙ったまま少し笑い、首を横に振る。後に続いてリビングへと向かう。
「眠れねえの?」
「……圭悟がいないと」
ん? と圭悟が小さく声を発して振り返った。結希はその背に手を伸ばし、腰へと腕を回した。
滅多にしない自慰の余韻で腰が重い。
圭悟がいなければ――。
淫らな妄想に囚われ、堕ちる。
「うまく眠れないよ」
結希は圭悟の背中に頬を押し当て、ぴたりとくっついた。
「……知ってるくせに」
伝わる体温は暖かい。それは結希の身体の隅々へと染み渡り、ざわついていた心を鎮めた。
二人が起きたのは昼前だった。いつものように圭悟が昼食のメニューを尋ね、結希は食べたいものを答える。決まって結希の希望は叶えられない。ざるそばが食べたい、というささやかな希望はあっさり退けられて、温かい蕎麦が食卓に置かれた。圭悟に言わせれば「ざるそば」という食べ物は、手打ちで美味しい水と何割だかのそば粉を使って作られた麺を、手元で生のわさびを擦りおろして食べるものらしい。最後は蕎麦湯でつゆを割っていただくのだと聞いて結希は目が点になった。自宅で食べるざるそばなど、夏の昼に食べるそうめんと変わらない価値観の結希にはよく分からない理屈だった。
「……ざるそばはダメで、温かい蕎麦はスーパーの乾麺でいいっておかしくない?」
ご馳走様でした、と手を合わせて結希は尋ねる。
「今度ざるそばの美味い店行こう。びっくりするから」
「そうじゃなくてさ……」
「好物なんだよ、俺」
「圭悟が? ざるそば、好きなんだ?」
「まあ麺類は大抵好きだけどな。中でもざるそばが一番」
「……なるほど。麺類が嫌いな男ってあんまりいないね。普通はラーメンだと思うけど」
「結希は?」
しばらく結希は「うーん」と首を傾けて考える。トップから降ろす長い横髪が前髪ごと重力に従って垂れた。
「俺も麺類は好きかな」
「何が一番好きなんだ?」
「言ったら笑うよ。……インスタントのね、ソース焼きそば」
圭悟は少し怪訝な顔をした。インスタントの焼きそばを食べたことがないのかもしれない、と結希は思った。圭悟と暮らし始めて、しじみ汁以外のそういったインスタント食品を一度も口にしていない。
「お湯入れるやつ?」
「うん。お湯入れて捨てるやつ」
結希がまだ幼い頃は、食べるものの殆どがインスタント食品かスナック菓子だった。その中でもソース焼きそばは、カップラーメンと異なり湯を入れるだけで出来るわけではなく、一度湯切りした後ソースを入れて混ぜなければならない。母親はその手間さえも惜しんだので、ソース焼きそばが出てくると少し特別な気分になったのだ。
「なんで言わなかったんだよ」
「……だって、恥ずかしいだろ。好きな食べ物がインスタントのカップ焼きそばなんて」
「今度買いに行こう」
圭悟が言った。
結希は小さく頷き、テーブルを片付け始める圭悟の手を制して再び向かいの椅子に座るよう促した。
「ちょっと相談したいことがあるんだ。……たいした話でもないんだけど、ほら、昨日の十夜さんとの撮影みたいに、俺だけがたいしたことないって思ってるだけかもしれないし」
向かいに座る圭悟は少し身構えたようだった。結希は吐息混じりに苦笑し、おもむろに口開いた。
ミナミと、南。
昨日起こったことを順に話した。
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