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溝
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昨日ある人物から告げられた事柄が不意に思い出され、胸の奥で激しく訴える痛みを押さえ込む。端から見れば、ただぼうっとしているように。
「……さん……グルさーん?」
「!」
しかし押さえ込む事に必死だったのか、呼ばれている事に気づけず、視界で揺れる手でようやっと声に気がついた。
「あ、ああ……どうした?」
「どないしてんぼーっとして。珍しいやん?」
「おいおい、体調でも悪いん?」
シャオロンの言葉の後に、その後ろからゾムが顔を出す。
「いや、考え事してただけだ。すまんな」
「ああ、そうやったんか」
気付いた様子のない二人に心の中で安堵のため息を漏らした。
しかし。
「何言うとんねん」
不意に響いた、聞きなれた声。
「普通に顔色悪いやん」
トントンが、不安げな表情で此方を見ている。
「別に普通だろ。平気だ」
ああ__お前はいつだって、誰よりも早く気がついて
「あかんて休まな……ああほら、また悪なっとる」
そして誰よりも強く心配するから、滑稽な勘違いをしてしまいそうになる。
そんな醜い姿をお前に見せるのは、
「何ともない言うとるやろ」
幾多の人の死より辛い。
「お前の気ぃの掛け方……虫酸走んねん」
今お前はどんな顔をしているだろう。言葉に傷付いただろうか。俺に嫌われた事で清々しているだろうか。それとも、「友人」に貶されたことを辛く思っているのだろうか。いや、どう思うにせよ、もう俺には関係ない。
「グルッペン」
義理人情に厚いコネシマが、鋭い声を俺に向ける。……さてその原動力は、ただの人情によるものだろうか。
「流石に言って良いことと悪いことってのがあるやろ。トントンは__」
五月蝿い、という言葉を告げる代わりに、話の途中で部屋のドアを開ける。その俺を見たコネシマは、声を荒げた。
「おい! 話を__」
「コネシマ。ええんや」
扉を閉める直前に聞こえたトントンの声に、力の抜けそうな足を叱咤して自室への道を進んだ。
◆ ◇ ◆
「……」
自室。つまり、誰かが居るわけではなく、各々の意向で防音加工された、一人だけの空間。
何をしても、バレるようなことは有り得ない。
そう考えると気が抜けて、ずるずると扉を背に座り込んだ。
「……終わった……」
信頼関係も、この、感情も。もう修復は出来ず、想うことは許されない。
一時の感情に身を任せ吐き出した一言は、暴発し自分へ戻ってきたように感じた。
「……でも、無理だろあんなの」
昨日告げられた内容が、頭のなかを映画のように駆け巡った。
◆ ◇ ◆
「なぁ、グルちゃん……」
「なんだ」
書類を片付けていると、不意に大先生から声を掛けられた。かと思うと、椅子ごとすぐ後ろにあった壁へと押し付けられる。
「……」
すぐ近くに大先生の顔が見えた。レンズの向こうの目が、鋭く光る。
「……」
それを真っ直ぐ見つめ返すと、彼は諦めたように腰に手をつき、一つため息をついた。
「あかんでぐるちゃん、とんちにやられたときにそんな怖い顔で見たら。もっと顔赤くして目反らすとかせんとー」。
「……」
笑えない冗談だ。男に恋愛感情を抱かない相手にそんな様子を見せても、避けられるだけだろうに。
「なぁ、怒らんといて。俺も別に、嫌がらせしたい訳やないねん」
少し寂しげな声を出す大先生に、目を向ける。
「良い話と悪い話があるんや」
ふざけた言い回しに、早く言えと視線で促す。
「とんちの恋愛対象……男、かも」
「……」
その言葉を聞いて、今度は俺が大先生との距離を詰める。ネクタイを引くという横暴な形で。
「気休めか。慰めか。それとも嫌がらせか? あいつに対する侮辱なら、俺はお前を許さないぞ」
「ち、ちゃうて。まだ、悪い知らせが残っとる」
両手を前に出して、弁解しようとしているのかそう言った彼は、言いづらいとでも言うように視線をそらした。
放してやると、頭を掻いてから、言う。
「シッマととんちが、その……キス、してるとこ、見てしもうて……」
あまりにも現実に起こりうるとは思えない言葉に、何も言えなくなった。
「グル、さん……」
「そうか。まぁあいつに恋人が出来たら教えろと言ったのは俺だ。ありがとうな」
「な、なぁ、グルさん、俺____」
「わざわざすまなかったな。安心しろ。もう終わりにする」
「っで、でもっ」
「もう、戻っていいぞ」
目の前の本に集中するように落とした視線と、長い前髪で、大先生の方から顔が見えないように気を配る。大先生は少しの沈黙のあと、「わかったわ」と言って、部屋から出ていった。
それを待っていたかのように、胸が一気に締め付けられる。苦しくて、胸元の服を強く握りしめた。
辛い。辛い。辛い。辛い。辛い。辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
「っ……ぁ……!!」
溢れてしまいそうな涙を、必死で押し込める。明日、涙の跡が、残ってしまうかもしれないから。
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