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メランコリー東京
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廊下の4メートルくらい先に杉田先輩が立っていた。
なんだか妙なしかめっ面で。ボクを見てるみたい。
ボクが近づいてくと(進行方向だから)杉田さんはさらに目を細め、首を傾げた。老眼かな。
「あ、やっぱ伊藤だよね?」
「はい、伊藤ですけど。久しぶりですね」
杉田さんは2ヶ月ばかり名古屋に出向していた。
「おまえさあ、なんか感じ変わった?……あ、太った?」
「は?」
むかつく!ボク、2ヶ月前より3キロ痩せたのに!
というか、そこじゃない。
ボクは、ちょっと不機嫌に先を急ごうとした。
「や、待って。太ってたってなんだっていいんだけど、なんかおまえ、雰囲気違う」
「そうですか?」
ボクは至近距離に他に人がいないことを確認して、杉田さんに早口で告げた。
「キンタマ取ったんです」
「はぁ??」
杉田さんが何か言おうとしたけど、それ以上は会社で話せる話じゃない。ボクは会釈してエレベーターに乗り込んだ。
その夜、杉田さんは退社するボクを捕獲し食事に連れ出した。肉なら付き合いますというボクに結構値のはる焼肉店を選び、ボクは遠慮なく店おまかせの数種の稀少肉のコースを頼んで、さてと杉田さんに向き直った。
「どういうこと?」
「うん、だから、睾丸摘出ってやつです。タマ邪魔くさかったんで」
「まじかよ?タイで?」
「は?キンタマなんてその辺の美容外科でとってくれますよ」
「あ、そうなんだ。……えー、だって!なんで?え?性転換?」
前菜に続いて、最初の肉が運ばれてきた。ここは全部お店の人が調理してくれるんで、ボクたちの会話は、その後何度も中断した。
「ボク、半年前から女性ホルモン剤服用してたんですよね。気づきませんでした?この前……」
2ヶ月ちょっと前、ボクたちは軽〜くセックスした。
「え?や、柔らかいなあって思ったけどさ」
「おっぱい?」
「うん、おっぱいも……皮膚?も……毛もないし。え、そうだったの」
「タマ取ったんで、もっと女っぽい体つきになる予定です。骨格はもう無理だけど」
「伊藤、あれなの?性同一性障害なの?今はやりの」
「流行ってないよ!バカじゃない?」
思わず声が荒くなる。
「あっ!ごめん。ごめんなさい」
杉田さんは盗み食いを叱られた猫みたいに身をちぢこませた。もちろん彼なりに最大級の慎重さを持って言葉を選んだのはわかってるけど。
「……違いますよ……少なくともボク、自分のこと女だとは思ってないんで」
「……え、じゃなんで性転換したの?」
「性転換じゃなくてキンタマ取っただけです」
「……えっと」
飲み込めない杉田さんは何も悪くないけど、ボクはさっきからイラついていた。
話し始めてみて、あーボクはこんな自分の胸の内なんて、誰にも理解して欲しくなんかないってあらためて思った。
一回セックスしただけの杉田さんに打ちあける必要なんか全くなかったのに、なんでわざわざタマ取ったなんて言っちゃったんだ。
しかもさっきから運ばれてくるお肉、運ばれてくるお肉、めちゃくちゃ美味しい。
「……しい」
「え?」
「お肉美味しい……」
「あ、ああ」
杉田さんも慌てて新しいお肉を平らげる。次のお肉がちょうどやってくる。
「こちら希少部位のミスジとザブトンでございます」
違うか。
ボク……誰かに聞いて欲しかったんだな。
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