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「おはよう、侑太郎。朝ご飯できたよ」
何度考えたかわからない。
この自由になった足で奏英を蹴飛ばして逃げようか。それとも、もうちょっと我慢して手も外してくれるまで待とうか。
「…ん、今行く」
だが、その答えは一旦保留にして、頭の奥の奥へと追いやる。なぜなら、俺が何を考えているか、奏英にはすぐわかってしまうからだ。
自由になった足のおかげで、奏英にお姫様抱っこなんてしてもらう事はなくなった。
しかし、トイレや食事は、手が使えないのでまだ奏英がいないとできない。どうせなら手の方を先に外して欲しかったような気もする。
『次のニュースです。先月16日、高月侑太郎さんがコンビニエンスストアで、何者かに誘拐された事件。未だ、警察は行方を掴めていない状況ですが……』
また、このニュースか。
何も進展がないくせに、連日のように同じことを報道する。犯罪心理専門家だとか、元刑事だとかを呼んで適当なコメントをするだけで、何も真実に近づくことはない、退屈な番組。
希望を、捨てたわけじゃない。
だが、変に期待をしないほうが……ラクだ。
「今日は和食にしたよ。いつもトーストじゃ飽きちゃうと思って」
「ああ……米の方が好き」
「それなら良かった。何から食べる?」
……あれ、そういえば、朝はいっつも、 俺のニュースをやってる気がする。
毎日じゃないが、三日に一回くらい……。
『以上でニュースを終わります。CMの後は、今週の天気予報……』
ブチ、とテレビの電源が切られ、静かになる。
奏英はリモコンをテーブルに置くと、いつものように俺に向き直り、「次は何を食べる?」なんて聞いてくる。
……偶然かと思ったが、違う。
奏英は、俺にこのニュースを見せたいんだ。俺のニュースを。なんでかはわからない。けど、そのためだけにテレビをつけてる。
……なんで?
「侑太郎? ……どうしたの?」
何かの作戦? でも、ニュースを見せるだけでなんの効果があるっていうんだ。確かに進展がなくて落ち込んではいるが、それが諦めに繋がるわけもない。
……わからない。
けど、奏英に聞くようなことでもないか。
「…いや、なんでもない。寝起きだから、ぼーっとしてた」
「そっか。……あ、そうだ。実は今日も侑太郎にお留守番を頼もうと思うんだけど」
「え?」
奏英は箸をカチカチと鳴らしながら、俺の体を指す。
「侑太郎の服がもう無いんだ。買いに行かないと」
買い物の次は服か。
そりゃあ、あんな毎日服切って風呂に入れてたら、すぐに無くなるに決まってる。
…でもまさか、またこんなチャンスが巡ってくるなんて。
いいや、焦るな。まだ逃げない。まだ、もうちょっと。
すると突然、肩らへんに奏英の手が触れてビクリと肩が跳ねる。
「この服も、やっぱり大き過ぎて肩がはみ出ちゃってるし……僕のサイズじゃ合わないみたいだね」
「っ……そう、だな」
断じて、俺は肩幅が小さいわけでも体が細いわけでも無い。日本人男性の標準よりちょっと大きいくらいだと自負している。
しかし、奏英がそれに比べて大きすぎるのだ。そのせいで俺が、全てにおいて小さく見えるだけで……。
そんなことを考えていると、奏英が小さく笑う気配がした。顔を上げると、奏英が頬杖をつきながらじっと俺を見つめていて、思わず目をそらす。
肩に触れたままの奏英の手が首筋へ這っていき、まるで猫をあやすように喉元をくすぐった。
「本当は君も連れて行って、色んな服を着せてあげたい。服だけじゃなく、ピアスもネックレスも選んであげたい……。けど、まだ君を外へ出すには早いね」
「……俺を、信用できないから?」
「違う。君が、僕を信用できていないから」
「っ……」
何も言えなかった。
ここで、「もう信用してるよ」なんて、くだらない嘘をつく気は無い。
……いつか、奏英を本当に信用できる日が来るかもしれない。
いや、そんな日が来るより早くこの地獄から逃げ出してやる。奏英を信じ切ってしまう前に。
奏英はそんな俺の姿に残念そうに溜息をつくと、顎から手を離して立ち上がった。
「じゃあ行って来るね」
「あ、ああ……」
奏英は財布を持って黒いコートを羽織ると、俺の口にガムテープを貼ることもなく家を出て行った。
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