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自由になった手脚を動かし、包丁を握る。
奏英は、あの日から俺の枷を外してくれた。なんの心境の変化なのかわからないが、あんな映像を見せられて、逃げたらどうなるかなんて考えなくてもわかっている。
トントンと規則的にまな板へ振り下ろすと、玉ねぎの刺激が目にダイレクトきた。目が痛くて瞬きしていると、横でそれを見ていた奏英が笑う。
「侑太郎、料理できたんだね」
「……まあな」
もう俺は、逃げないと決めた。
奏英とちゃんと向き合って、少しでも……無理かもしれないけど、本当に少しでいいから、マシな関係にしていきたい。
奏英のためにハンバーグを作りながら、フライパンに油を引いて火をつける。久しぶりに料理するが、腕は衰えていないようで安心した。
奏英は、あの日から少し穏やかになった……と思う。
よく笑うようになったし、無理やり抱くようなこともしなくなった。今ならば、友達という関係が一番しっくりくる気がする。
二人分の肉を火にかけ蓋をすると、奏英の腕がするりと腰に巻きつく。肩に頭を預けるようにするその仕草は、まるで親に甘える子供みたいだ。
「今の侑太郎なら、僕の奥さんになれるかも」
「まだ言ってんのかよ」
「………ごめん。侑太郎は、女の子扱いされるの嫌いだもんね」
随分としおらしい。本当にどうしちまったんだか。
自分の発言が失敗したと思ったのか、落ち込んだ様子で俺の肩に頭を押し付ける。それがなんだか猫みたいで、思わず笑ってしまった。
その途端、奏英が顔を上げ、俺を覗き込む。
「今、笑った?」
「えっ? ……あ、あぁ……悪い」
「っ悪くない!! 全然、悪く、ない……」
そんな嬉しそうな顔をされると、もっと笑ってやりたくなる。
でも、俺だって笑えるようになったのに気付かなかった。どこか余裕が出てきたのか、それとも、この状況に慣れて頭がいかれちまってるのか……。
裕也くんの映像は、今でも毎日夢に見る。
夢の中では、あの廃屋のベッドで奏英に犯されるのはいつも俺だった。奏英に首を絞められて、眠るみたいに窒息する。死にたくないと暴れているのに、内心、どこか冷静に死を受け入れている自分もいる。
いつ死んでもおかしくない。それは、俺も、奏英も同じ。
「……俺さ、母さんと二人暮らししてたんだ」
「………うん」
肉の焼ける音がする。
いつ死ぬかわからない身で、自分語りでもしたくなったのか。相手を間違えてることなんてわかってる。でも、聞き手がこいつしかいないんだ。
「父さんは、暴力は無かったけど、酒癖がひどくて……俺を閉じ込めて、いつも母さんと喧嘩してた。離婚しようとしてたみたいだけど、父さんが嫌がって、ずっと離婚できなかったらしい」
これは、母親から聞いた話だ。
もう父の顔も覚えていない俺には、当時のことなど思い出せない。
「やっと離婚したのは、俺が高校に上がった頃だった」
ハッピーエンドのはずだった。散々喧嘩して、互いに憎み合っていた。これからは笑顔が増えるはずだった。
「普通、喜ぶだろ? やっと離婚できたって思うだろ? ……でも、母さんは泣いてた。俺の見てないところで、いっつも………ウケるよな」
そんなに泣くなら、なんで離婚したんだよ。
そう聞ければよかった。でも、離婚したのが俺のためだとわかっていたから、聞けなかった。
とっくに肉は焼けてるだろう。蓋を開けると、少し焦げ臭い匂いがした。
「……急に変な話して悪ぃ。……だから、俺が言いてぇのは……」
……あれ、俺、何が言いたかったんだっけ。
焦げた肉を裏返しながら、ソースをかける。母さんがやっていた方法だった。父さんは濃い味の方が好きで、こうすると味が染み渡るから喜んでいたと言っていた。
続ける言葉が思いつかなくて黙っていると、奏英の手がそっと離れる。
振り向くと、奏英はこれまた、幸せそうに笑っていた。
「侑太郎のお母さんとお父さんは、愛し合ってたんだね」
ああ、そうだ。奏英が、俺を奥さんとか懐かしいこと言い出すから、夫婦がいかに意味のわからないものなのか、教えてやろうと思ったんだ。
でも、自分でもわからなくなった。夫婦は、男女の番のことなのか。それとも、愛し合っていれば、男同士でも、女同士でもいいのか。
わからない。それは、俺が決められることじゃない。もしかしたら明日のニュースで、同性婚が全国で認められてもおかしくない。時代に合わせて変わっていくもの。
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